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1.アンジェリーナ島       その三

 

 

部屋に戻ったウィンを待っていたのは、ニヤニヤ顔のフィンだった。

「彼に会えたの?話を聞かせて!」

ウィンは帰ってきた事を後悔した。フィンはいい子だが、唯一の欠点はゴシップが大好きなことだ。こういう顔のフィンから逃れるのは無理だろう。なぜなら、一人になれる場所がここには無いのだから。ここは、ウィンとフィンの部屋だ。一人部屋を用意しますと提案されたのに、それを断って二人部屋を選んだのはウィン自身だった。ウィンは諦めて、フィンと向き合った。

「会ったわよ。彼のお母様も一緒にね。」ウィンは溜め息を一つ零して、言う。

フィンの目はキラキラしている。こんなフィンにお目にかかれるのは、本を読んでいる時か、ゴシップを聞く時だけだ。フィンの頭の中にはどれ程の情報が詰まっているのだろうか。学園の噂話で、彼女の知らないことは一つも無かった。そして、それが真実かどうかもほとんど知っているのだから、驚きだ。

「へえー。もう、お母様にも挨拶したの?ウィンも中々やるじゃない。でも、よく会ったわね。あの強欲なベーカー公爵夫人に。媚売られたんじゃない?」フィンは少し意外そうに言う。なぜなら、ウィンが一番嫌いな人間の典型とも言うべき人だからだ。

「まさか。」ウィンは嫌そうな顔をして否定する。

「ふーん。それじゃあ、エリック・K・ベーカーが、前妻との間の息子だって噂は本当なのね。で、彼の母親って誰なの?」フィンは興味深々に聞く。

「私からは言えないわ。これは公言されてる事じゃないし・・・。でも、近々会えるんじゃないかしら?」ウィンは帰り際にハンが残した言葉を思い出して言う。

『夏の終わりに、伺います。ウィニーレインでお会いしましょう。エシア様によろしくお伝え下さい。』

きっと、その時、ザンシー族としてのエリックとも会えるのだろう。

 

―ザンシー族・・・。想像以上に謎めいた民だわ・・・。―

ウィンは、一日中持っていたアレストロの書を優しく撫でる。

 

「フィン、先に寝ててくれる?私、少し調べ物があるから・・・。」

ウィンはすくっと立ち上がると、言う。手には、もちろんアレストロの書を持って。

「今から?」フィンは少し眉を上げて言う。

「お願い。どうしても、気になることがあるのよ。」

「・・・その、本を読みたいのでしょ。ここで、読んでいいわよ。頑張って、勉強してね。」フィンは仕方ないわねといった表情で言う。

「大丈夫。私、行きたいところがあるの。ありがとう。」ウィンは嬉しそうに笑うと、部屋を出た。

 

ウィンは本殿に行くと、誰にも見られないようにこっそりと中に入った。

女神は、蝋燭の光に包まれて、ぼんやりと浮き立っていた。その日は、三ヶ月だったが、これがもし満月だったら、本殿の蝋燭は全て消され、月の光を一身に浴びる女神を拝める事ができただろう。女神は、柔和な笑みを浮かべて、立っていた。

ウィンはじっと女神を見ていたが、何をしに来たかを思い出して、祭壇の真正面のベンチに座り、持ってきたランプを灯し、アレストロの書を広げた。書は、ウィンの望んだ通り、ザンシー族のページを見せてくれた。

 

ザンシー族についての話は、ハンの話と一致していた。王族の次に、神に愛されたザンシー族は、神から、神の銀・神の金の在り処を授かった。それは、裏切り者が出て、都を追放されてからも、失う事は無かった。ザンシー族は呪いの力を持っている。

アレストロの書には、ザンシー族に関する呪いが書いてあった。ただ、書の力のせいであろう。いくつか書いてある内の、最初と最後の二つしか読み取る事が出来なかった。他の項目は、全て文字がぼやけてしまうのだ。

 

ザンシー族の直系の娘が、一族以外の者の子を産み、その年に王族の子どもが生まれた時、不可思議な出来事が起こるだろう。もし、一年以内に何も起こらないときは、注意せよ。王族の子は、アレストロの力を受け継ぐ者であろうから。

 

ザンシー族はヴァンニアの倒し方を知っている。

 

ウィンは意味がわからなかった。

最初の項目、これはエリックの事だ。ザンシー族の長老の娘と、ベーカー公爵との間の息子、エリック。エリックが生まれた年に、もちろんウィンも生を受けた。そして、ウィンはアレストロの力を受け継いだ。ここは、納得が行く。思い返せば、最初からハンはわかっていたようだ。だから、ウィンにだけ神の金を渡したのだろう。

では、最後のこの、ヴァンニアとは一体何なんだろうか。ウィンはそんな単語を知らなかった。と、その時、アレストロの書がほんのりと暖かくなる。

―もしかして・・・めくれって事かしら・・・?―

ウィンは恐るおそるページをめくった。すると、神々の章が姿を現した。

 

アレストロ大国を支えるのは十四神の神々である。太陽神と、月神、そして二柱の神の子であられる十二神である。この、十四神のお力により、アレストロ大国は金、銀、そして十二種類の宝石が豊富に取れるのだ。

だが、アレストロ大国には悪神も存在する。それが、西からやってきたと言われるヴァンニア魔女だ。これは非常に非道で力が強く、四年に一度、各国から男五人、女五人を生贄として、ヴァンニア魔女の住まいであるアスタロト島に送られる。

小人の一種である、ゴブリンはヴァンニア魔女に付き従っている。彼らは、王族とザンシー族を憎んでおり、その瞳には妖気が漂っており、アレストロの継承者にとって有毒である。

 

―ヴァンニア魔女・・・。アン王女が倒した魔女・・・。―

ウィンは目を瞑ると、じっと考える。

―世界は平和。魔女は倒された・・・。それならどうして、アレストロの書は私に教えるの・・・?―

ウィンはモヤモヤとする気持ちを振り切り、目を開く。

女神は優しい微笑を浮かべて、輝いている。

「女神様・・・。どうかわたくしをお導き下さい・・・。」

ウィンは小さく呟いた。

 

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