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2.アレストロ島 その四

 



ウィンとエリックが部屋に戻り、椅子に座ると、ベーカー公爵は口を開いた。
「・・・話し合った末、エリックが私とハンとの間の息子であると、正式に役所に届ける事にした・・・。」
ベーカー公は淡々と言う。
ウィンがそっと、エリックを見ると、エリックは驚いたように目を見開いていた。
ウィンはそんなエリックを見て、笑もうとしたが、それは叶わなかった。なぜなら、凄まじい勢いで、ベーカー夫人が立ち上がったからだ。
「あなた!この娼婦との間に子を作ったと役所に報告するのですか!それならいっそ、この愚息とは血の繋がりもなんもない、ただの預かり子だとおっしゃればよろしいじゃないですか!わたくしとあなたの間には子もいます。世継ぎに困る事はないでしょう!」
ベーカー夫人は顔を真っ赤にして、喚き散らす。
「黙れ!わたしとお前の間に子などいるのか?本当にブンクとバンテはわたしとお前の子か?本当に・・・。わたしは一度として、お前の腹が大きくなっている所を見たことが無い・・・。お前はいつも、私が長期間領地を離れている間に子を産み落としているが・・・本当にブンクとバンテはお前が産んだのか?」
ベーカー公爵は冷たい灰色の瞳を、夫人に向ける。
「あっ・・・当たり前ではないですか。あなたとわたくしの子ですわ。それをあなたはお疑いになるのですか!?」
「嘘は・・・仰らない方が身のためですわ、ベーカー夫人。ブンク様とバンテ様は確かにあなたの子ではありますが、ベーカー公爵家の血は一滴も入ってはいませんね?」
ハンはその青い目を爛々とさせて言う。
エリックはそのやり取りを聞いて、ハッとする。
―そう言えば、昔・・・親父が家を留守にしてた時、凄い臭気が家を充満した事があったな・・・。その時、俺は・・・黒い影を見た・・・。―
「黙れ、娼婦が!!あなた!こんな娼婦の色気に惑わされてはいけませんわ!わたくしという者があるのに!!」ベーカー夫人は公爵に抱きつこうとする。
が、エリックがベーカー夫人を押さえた。
「もう、バケの皮を剥がしたらどうだ?お前には、俺と違って、大国一の穢れた一族の血は流れていない。でも・・・お前やお前の子ども達には、大国で一番汚らわしい生き物の血が流れていると・・・。お前はゴブリンと交わったのだろう?ゴベー家の娘よ・・・。お前は人との間には子を産めない体なのだ・・・。だから、親父が家を留守にしている時に、ゴブリンを呼び、交わったのだろ?俺は昔、見たことがあるぞ。」エリックは夫人の胸倉を掴んで、冷たい声で言う。
「で・・・出て行け!この、王族に反する獣よ!よくも、わたしを騙したな!!さあ、早く行け。お前のその子どもらも連れて行ってな!!」ベーカー公爵はエリックを夫人から引き離すと、顔を青くして怒鳴る。
「あなた!!その愚息の戯れ言を信じるのですか!その男はわたくしとあなたの仲が気に食わないだけですわ!お前がわたくしの夫を惑わせたのだろう、この娼婦が!!」
「ハンは関係ない!わたしが目を覚ましただけだ・・・。十年ばかり見ていた悪夢から・・・な・・・。さあ、これ以上言い訳を並べるなら、力ずくで追い出すぞ。さっさと出て行け!その面を二度とわたしとエリックの前に見せるな!!」
ベーカー公爵は腰に佩いていた剣を抜き、夫人の目の前に突きつける。
剣を突きつけられた夫人の肌の色は、いつの間にか白から茶に変わっていた。目の色は茶から禍々しい赤い色に変化している。
ウィンはその姿を見た途端ゾッとした。吐き気に襲われて倒れる。体温を急激に奪われた。が、すぐに力強く抱きしめられる。
「俺がいるから・・・安心しろ。」エリックが耳元で囁く。
ウィンは体温を取り戻した。
その時、ベーカー夫人の禍々しい声が、朗々と響きわたる。
「よくも我らを愚弄したな、ちっぽけな人間どもよ!ゴブリンの呪いをここに!」
次の瞬間、部屋中に赤い光が満たされる。ウィンは余りの眩しさに目を瞑った。
光が消え、恐る恐る目を開けると、夫人と二人の子ども達は跡形も無く消えていた。そして、ベーカー公爵が真っ青になって倒れていた。
「ジョン!」
ハンの悲痛な叫びが響いた。

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日記にて、ベーカー家を紹介しています!

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