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3.生贄 その三

 

 

イリネーが部屋から出て行くと、ウィンはその場に崩れ落ちた。

膝を抱え込み、泣きじゃくる。

―姉さままで、私が特別だって思ってる・・・。イリネー姉さままで・・・。―

涙が次々と溢れ出て、己のドレスを濡らしていく。そのまま、何時間過ぎただろうか。

唐突に、一条の光が、ウィンの頭上を照らす。

ウィンが驚いて顔を上げると、光に包まれた神々しい美女が、光に乗って天から舞い降りてきた。ウィンは一目見て、そのお方が、月の女神であると直感した。ウィンは慌てて平伏す。

「女神様!!」

「ウィンアウト・ウィンレイトよ。顔を上げなさい。」この世のモノとは思えない、美しい澄んだ声で女神は呼びかける。その言葉は、有無を言わせぬ力があった。

ウィンは自然と顔を上げる。すると、女神は優しく微笑んだ。

「良い子じゃ。・・・ウィンアウトよ、そなたの運命は並大抵のものではない。非常に厳しい。しかし、くよくよ泣いていても運命からは逃れられぬぞ。そなたは、ヴァンニアと戦える唯一の人間だ。ヴァンニアを倒すのだ。」女神は強く言う。

「しかし、女神様。あいつは魔女です。神と肩を並べる魔女です。」

「その通り。しかし、そなたも王族ではないか。王族は、神の血が流れておる。我がそなたの祖先を産んだのだ。」昔を想い偲ぶような、遠い目をして女神は言う。その瞳は、非常に優しい光を湛えていた。

「本当ですか?」ウィンは少し驚いて聞く。

「神を疑うのかえ?」厳しい声色で女神は言う。

「いいえ。しかし・・・。」ウィンは思わず顔を下に向けて小さな声で言う。

「アレストロの書を読むのじゃ。あれは、神の書だ。良いか。そなたには神の血が特に多く流れている。そなたは我の娘じゃ。我が娘よ。修行に励み、ヴァンニアを倒すのです。そなたなら、出来るはずです。」女神は力づけるように言うと、小さく笑んで消えていった。

ウィンは呆然と女神のいた場所を眺めていたが、暫く経ってようやく我を取り戻す。立ち上がると、窓枠に近寄り、月を仰ぎ見た。柔和な光が、ウィンの顔を縁取る。

「我が母、月の女神様。私をお導きください。」

ウィンはさっと跪くと月を眺めて祈りの言葉を唱える。そして、ベッド脇のテーブルに置いていたアレストロの書を手に取ると、震える手で本を開いた。

           

この国の始まりは、二柱の神からであった。

この地に二柱の神がやってきた。太陽(金)の神と、月(銀)の女神である。二人は愛し合い、やがて子供が生まれた。一月の神、ガーネット神である。月の女神は、一ヶ月ごとに子供を産んだ。それが十二ヶ月の神々である。

それから、三年間何事も起こらなかった。

しかし、四年目の閏月に、魔女ヴァンニアがゴブリンを引き連れて暗雲に乗ってやってきた。十四柱の神々は必死に戦い、ヴァンニア魔女を辛くも食い止めた。魔女は、また四年後に来るとだけ言い残し、去っていった。

十三月の最終日に、月の女神は子供を産んだ。その子供は、ヴァンニア魔女の呪いがかかり、神ではなくただの人間であった。

月の女神は涙を流し、自分の息子を天上から地上に降ろし、その地の王とした。これが、アレストロ王国の始まりである。

王は、己の妻の一族に神と話せる能力を授けた。のちのザンシー族である。

月の女神は、自分の末の息子が無事にヴァンニアの難を凌げるよう、夫の太陽の神と一緒に、普通の金銀以外に三つの特別な金銀を作った。王の金銀、妖精の金銀、神の金銀だ。

そして四年後。神と人間は一緒になってヴァンニア魔女と戦った。しかし、かなりの傷を負ってしまった。王は魔女と交渉し、四年に一度、男女一人ずつ生贄に出す事で凌いだ。

それから何百年ものち、アレストロ王の時、国が四つに分けられた。すると、ヴァンニア魔女はすぐに一つの国に男女一人ずつ生贄を寄越すように要求してき、大王はそれを承諾した。

アレストロ大王のように、不思議な力を持つ者を「神の子」と呼ぶ。月の女神と、太陽の神の子は、王族の子として王妃から生まれ、十五歳にならないと誰もわからない。百年に一度、生まれると言われている。

  

ウィンは読み終わると、ゆっくりと本を閉じ、目を瞑った。

―・・・だから、女神様は私の事を娘と呼んだんだわ・・・。私はアレストロの力を持ってるから・・・。「神の子」だから・・・。―

  

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日記にて、今までウィンが読んだ『アレストロの書』の抜粋を書き出してみました。参考にどうぞ。

 

 

 

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