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4.イリンの森 その一
ウィンはドアがノックされる音で、目を覚ます。
いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。しかも、床の上で。
ウィンは頬についた跡をどうにかしようと擦りながら、ドアを開ける。
すると、侍女が立っていた。
「ウィンアウト様、朝食の準備が出来ました。」
侍女は、少し困った表情で言う。
ウィンは侍女の表情など無視して、平然と言った。
「わかったわ。」
表情を変えず、ゆっくりとドアを閉める。が、ドアを閉めた途端、ウィンは顔色を変えた。
―ヤバイ!寝坊しちゃったわ。ウィンネ姉さまに叱られる!!―
ウィンは寝巻きを脱ぎ捨てると、適当にドレスを取り出し、着替える。適当に櫛で髪を梳くと、手早く二つに結び、スカートの裾を翻して廊下を突っ走った。
ウィンは食堂に着くと、息を整え、何食わぬ顔でドアを開ける。が、食堂に大叔母様を始め、ウィン以外の全員が席に着いていたのを見て、思わずウィンの笑みは引き攣る。
「おっ・・・おはようございます。」
ウィンは恐る恐る言う。
「ウィンアウト、遅いじゃありませんか。呼ばれたら、三分で来れるように。」
大叔母様は静かにウィンに注意する。
「申し訳ありません、大叔母様。」
ウィンはションボリと頭を下げ、自分の席に着いた。
「ウィンアウト、しっかりしてちょうだい。一族の恥だわ。お父様とお母様の顔に泥を塗ったのよ!」
ウィンネは向かい側の席からウィンに注意する。
「ウィンネ。言い過ぎだぞ。」
ウィンは謝罪しようと口を開くが、その前にトムが口を出した。
「トムはいっつもウィンアウトの肩を持つのね!わたくしはウィンアウトの事を思って!」
「わかってるよ。でも・・・な。」
トムは少し困った顔で言う。
「・・・わかりましたわ。わたくしが少し、出過ぎたマネをしました。」
決して自分の意を曲げないウィンネが、珍しく折れる。
それを見て、ウィンは目を丸くした。
―ウィンネ姉さまが珍しい・・・。―
朝食を食べ終え、皆が退室する中、ウィンは大叔母様に呼びかけられた。
「ウィンアウト、少し良いですか。」
「何でしょう、大叔母様。」
ウィンはゆっくりと大叔母様に近づく。
先日見せた、あの冷たい表情を、ウィンは忘れる事が出来なかった。
「・・・ウィンアウト、そなたは確か、ハンから神の金を貰っていましたね。」
「はい。」
「そのメダルを、そっと『アレストロの書』に触れさせなさい。そして、心の中で、修行をしたいと、強く念じるのです。そうすれば、『アレストロの書』はそなたに修行の方法を師事してくれるでしょう。」
大叔母様はウィンの目を見ずに言う。
「修行・・・?」
ウィンは戸惑いながら聞く。
「・・・ハンから聞きました。そなたは、生贄に選ばれた皆を助けたいと言ったそうですね。・・・ヴァンニア魔女を倒すには、アレストロの力を完璧に使いこなさなくてはいけません。その為の修行です。」
大叔母様は、ようやく、ウィンと目を合わせて言う。その瞳は、なぜか涙ぐんでいた。
「辛いでしょうが、ウィンアウト、あなたしか我々には希望はありません・・・。わたくしは、これ以上、大切な子どもを失いたくありません・・・。やってくれますか・・・?」
大叔母様は鼻を啜りながら、ウィンに尋ねる。その時、ウィンは初めて大叔母様が弱弱しい老女に見えた。いつも威圧的な気配を発するアレストロ大国の統治者が、こんなにも小さく見えるとは。
「大叔母様、私、全力を尽くします。」
ウィンはニッコリと笑って答えた。
ウィンは部屋に戻ると、『アレストロの書』を机の上に置く。そして、懐からメダルを取り出すと、ゆっくりと書の上に置いた。
―修行を・・・ヴァンニア魔女を倒し、皆と生きて帰る為に、修行を教えてくださいっ!!―
ウィンは目をギュッと瞑り、必死に念じる。ウィンの頭に、ハンの真剣な、しかしどこか泣きそうな表情や、イリネーの悲しみを帯びた優しい笑顔、鼻を啜りながら訴えるエシア女王の顔、そしていつもウィンを支えてくれるエリックの顔が浮かんだ。
―皆の思いを叶えたい・・・。私も、私も、皆を失いたくないから・・・!!―
すると、急にメダルが熱を帯びる。
驚いて目を開けると、いつの間にか本が開いていて、文字が浮かび上がっていた。
イリンの森へ行け。
『アレストロの書』には、たったそれだけ書かれていた。