Photo by NOION
1.夜明け その2
次の日は、休暇前の最後の休日であった。ウィンとフィンの二人の少女は、寮からあまり離れていない湖に出かけた。そこは、木々に囲まれた静かな場所だった。
「ねえ、フィン。もうすぐ夏休みね。イリンへ帰った後はどうするの?」ウィンが裸足の足を湖に浸して、気持ち良さそうにぶらぶらさせながら聞いた。
「わからないわ。」フィンはチラリとウィンを見ながら続けた。「でも、サマースクールは今年はアンジェリーナ島だって聞いたわ。」
ウィンの顔が急に明るくなった。
「アンジェリーナ島なの?アン王女生誕の地の?絶対に行かなくっちゃ。」
「そう言うと思ったわ。アン王女の大ファンですものね。」フィンは嬉しそうに言った。なぜなら、フィンはアン王女の話をしている時のウィンの顔が一番好きだからだ。
「ねえ、フィージーはどうするのかしら?」ウィンはふと聞いてみた。
「さあ、本人に聞いてごらんなさい。彼女、わたくし達に御用のようよ?」フィンがフィージーのほうをじっと見ながら言った。
「あら、本当。フィージー、あなた夏休みどうするの?」
フィージーはウィンの質問には答えず、用件だけを述べた。
「大叔母様がいらっしゃっているわよ。早く支度をして応接間にいらっしゃい。」
―どうしたのかしら?―
ウィンとフィンは急いで寮に戻り、身支度をした。
大叔母様・・・この敬称はアレストロ大王の頃から伝わる古いものである。本来は国を治める王たちを親しみを込めて呼ぶ愛称のようなもであった。が、アレストロ大王が国を四つに分けた時からウィニーレイン国の統領を指す言葉となった。男なら大叔父様、女なら大叔母様と・・・。彼らは、自国の国以外に、アレストロ大国を一つにまとめる役目を担っている。その役目が出来たのは、アレストロ大王の妹姫アーリンが大叔母様の時の話だが、これは別の時、別の機会で話そう。現在の大叔母様はエシア女王である。彼女はウィン、フィン、フィージーの母親三人の母親である。そう、ウィンたちは大叔母様の孫にあたるのだ。
―ああ、緊張するわ。どうして今ごろいらっしゃるのかしら。あと一週間かそこらで会えるのに・・・―
ウィンとフィンは制服に着替えると、応接間まで小走りできた。二人は息を整えるとドアをノックした。
「お入り。」中からくぐっもた声が聞こえた。
「失礼します。」二人はちゃんとしたレディーに見えるように細心の注意を払った。
大叔母様は、応接間にあるテラスにいた。初老を迎えたばかりの女性であった。顔には女王としての風格が備わっており、また、賢者としての皺が刻まれていた。
「まあ、ウィンアウトもフィンニアも随分大きくなりましたわね。特にウィンアウトはわたくしを追い越してしまったようね。それに二人とも随分レディーらしくなってきたわ。国王も喜ぶでしょう。」めったに人を褒めない大叔母様が珍しく孫を褒めた。ウィンは何かおかしいと思った。
「大叔母様、どうなさったのです?」ウィンは探りを入れることにした。
「なに、この年になると急に寂しくなったりするものです。ですから、身内で一番近く、その上国内にいるあなた方に会おうと思ったのですよ。」ニコニコと大叔母様はおっしゃった。おかしい。大叔母様らしくない。そんな時は普通、自分は動かず人を呼び寄せるのが今までの大叔母様である。何かがある・・・。
「でも、六月八日にイリンで会えますわ。」ウィンが言うと、大叔母様の顔が一瞬変わった。
「そ、そうね。」
さすがにフィンとフィージーも、大叔母様がおかしい事に気が付いたようだ。
「どうしたのです?大叔母様。」
「ウィンが変なことでも言ったのですか?」フィンとフィージーがいっせいに聞いた。
「何でもありませんよ。心配させて済まないわね。」大叔母様は急いで平常を装うとしたが、遅すぎた。
「大叔母様、隠し事をなさっているのでしょう。私たちにハッキリとした御用が御有りなのでしょう。何なのですか。私たち、もう子供じゃないのですよ。もうすぐ十五になるのです。」ウィンは息を荒げた。
大叔母様はウィンが十五と言うと、ますます様子がおかしくなった。が、さすがは大国を治める女王。深く深呼吸をすると、重たい口を開いた。もともと低い声がもっと低くなっていた。
「わたくしの娘は皆嫁に出してしまいました。なので、わたくしには跡取りがいないのです。わたくしももう短い老い先ですので、もうそろそろ跡取りを決めなくては、と思ったのです。それで、神にお尋ねしたのです。『跡取りはどうやって決めましょう?』と。すると神は『三人の孫の中から決めなさい。』とおっしゃったのです。そう、あなたたちの中から選びなさいとおっしゃったのです。」大叔母様は陰鬱な表情である。
三人は自分たちの中からウィニーレインの継承者が出ることには驚いたが、大叔母様がどうしてそんなに暗い表情で語るのか判らなかった。
「大叔母様、どのような方法で選ぶのですか?」フィンがそっと聞いた。
「古来の方法です。」大叔母様はそれだけしかおっしゃらない。いくら聞いてもお答えくださらなかった。
長い沈黙の後大叔母様は口を開いた。が、話題は変わっていた。若い娘たちは大叔母様の態度に戸惑い、恐怖を感じずにはいられなかった。それをさっしたのだろう。自分が持ち込んでしまった恐怖を消し去ろうと、大叔母様は必死に明るい話題を探したようだ。
「あなたたち、夏休みはどうするか決めたのかしら。」大叔母様はわざと明るくおっしゃった。
「ええ、私とフィンはサマースクールに参加することに決めました。」ウィンは大叔母様の態度に気が付いて、明るく答えた。
「フィージー、あなたはどうするのです?」
フィージーは大叔母様の妙な態度に戸惑い、恐れを感じていた。それを察したウィンは思いっきりフィージーの足を踏んでやった。すると・・・
「痛い!何するのよ、この野蛮人!」フィージーはつい悪態を付いてしまった。恐る恐る大叔母様を見ると、なんと笑っている。
「やっぱり、ここへ来てよかったわ。あなたたちはいつもおもしろいものね。」
やっといつもの大叔母様に戻った。
「フィージニア、あなたはわたくしと一緒にアンジェリーナ島の別荘にいらっしゃいよ。そうすれば、ウィンアウトとフィンニアとも会えるし、あなた方も王族としてのレッスンをわたくしから受けることができるでしょう。」クスクス笑いをしながら大叔母様はおっしゃった。
「まあ、光栄ですわ。大叔母様。」フィージーもいつもの調子を取り戻した。
四人はそれから三十分ほどおしゃべりをした。
「あら、もうそろそろ都に戻らないと。楽しかったわ。」そう言うと大叔母様は急に真剣な表情になった。「継承の儀式は六月八日に行います。幸運を。」そして、大叔母様は去っていった。