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2.エリック・K・ベーカー

 

大叔母様の思いがけない訪問から一週間ほど経った。この日は学園が最後の日。明日からは夏休みである。そしてこの日は学園最大の舞踏会の日でもあった。少女たちは競い合ってみな着飾っていた。一人を除いては・・・。

イリン国の第四王女は大の舞踏会嫌いで有名である。この日の彼女も、周りの少女がみな朝早くから起きてメイクアップをしているのに、いつもと同じ時間に起きいつも通りに過ごしていた。風の丘に座って、今回も舞踏会はサボろうなどと考えていた時、綺麗に着飾ったフィン王女がやってきた。

「何やっているの、ウィン!今回もサボろうなんて考えていないでしょうね?」フィンは相当ご立腹のようだ。

「フィン・・・。どうして来たのよ。せっかくのドレスに泥でも付いたらどうするの?」ウィンはびくびくしながら言った。 

「あなた、この前大叔母様に言われたでしょう。六月八日に婚約発表を行うって。」

「でも、それは決まっているあなた達だけでしょう。」ウィンは心配そうに言った。

「そうよ。でもあなたは決める努力もしていないじゃない。王族は大昔から決められた事に従う義務があるのよ。それをあなたは曲げようとするのだから、それなりの犠牲を払わなくては。」フィンはビシッと言う。

ウィンは一時考えてからおもむろに口を開いた。

 「そうね。私は少しわがままだったわ。今日ぐらい舞踏会に出席しましょう。」

二人は寮にもどっていった。

 

寮にもどると、ベッドの上に箱が置いてあった。

「何かしら?」ウィンはそっと包みを剥がすと中にはイリン風のドレスが入っていた。そして、その上には手紙が・・・。開けてみると大叔母様からだった。

・・・ウィンアウトへ

     あなたが舞踏会を楽しんでくれたらと願っています。

                                  エシア・・・

ドレスには仮面がついていた。これをつければ正体がばれない。大叔母様の心遣いにウィンは心から感謝した。

 

五時に舞踏会は始まった。夕焼けの真っ赤な空をバックに、美しく着飾った男女がワルツを踊っていた。そんな様子をウィンは静かに見ていた。ウィンは一度は大広間のダンスフロアに行ったが、どうしても雰囲気に馴染めず、すぐに出て行った。フィンには悪いが好きになれないのだ。

 

ウィンはそっと風の丘に向かった。林檎と蜜柑の白い花が咲き乱れた風の丘は、夕焼けで真っ赤に染まっていた。ウィンは丘の頂上に立って、舞踏の広場で狂ったように踊っている若い男女の群れをぼんやりと眺めていた。

―くっついては離れるカップル達・・・。何が楽しいのかしら。―

この日の風の丘は些か風が強かった。綺麗に結い上げられたウィンの髪は、いつの間にかほどけて風に乗ってなびいていた。ウィンは溜め息を吐くと、芝の上に腰を下ろした。すると、背後から馬のひづめの音が聞こえてきた。何事かと不審に思い振り返ると、すぐ後ろに黒馬に乗った長髪の青年がいた。

ウィンは立ち上がって青年を見つめた。ウィンはこの青年を聞き知っていた。青年は馬に乗ったまま、ウィンを凝視した。二人は黙って見つめ合った。ウィンは何だか怖くなった。この人物の噂は決して快いものではないのだ。貴族の中では王族の次を行く上流階級の子息で、非常にハンサムなのにも関わらず、授業をサボり、タバコを吸い、酒を飲んで、気に食わない人間にはすぐに暴力を振り、喧嘩っ早く、先生を平気で罵倒するそうだ。この青年はこの学園の中では異質の存在だったので、彼を見かけた事は何度もあったが、こんなに近くから見たのは初めてであった。確かに貴公子の中でも群を抜く美しさである。あまりにも美しすぎて、この青年の噂をウィンは俄かに信じられなくなった。長い銀に近い金髪は一つに束ねていたが、少し乱れその柔らかい髪が風に乗ってなびいていた。最流行の礼服を着こなしている辺りが、人並み以上の教養を持っている事を窺わせた。ただ、彼の青い瞳は物憂げであるのが、ウィンは少し気になったのだった。

「あなた、ここに何のよう?」

「お前こそ・・・。」

ウィンは生まれて初めて“お前”呼ばわりされたので、驚いた。

―“お前”ですって!この男、私が王女だって知らないのかしら?おもしろいわ。― ウィンの唇が自然と上がる。 

「ここの風は気持ち良いし、一休みするにはもってこいの場所なのよ?」ウィンは腰を下ろしながら言った。「あなたは?」ウィンは優しく聞いたが、青年はただ睨むだけで何も答えなかった。ウィンは溜め息を吐くと、また口を開いた。

「ねえ、何か言ったらどうなの?あなたの口は飾りなのかしら・・・?」

「うるさい。」青年はぶっきらぼうに言う。

「話せるのね。良かったわ。」ウィンはこの青年の取る行動や言動の全てが、今まで自分が体験してきたものとまるで違うので、新鮮で楽しいと思った。

  「ねえ、名前は?」ウィンはふと、青年の名前を知らないと気がついて去ろうとする青年に呼びかける。

「俺は・・・エリック・K・ベーカーだ。ウィンアウト・ウィンレイン王女。」青年は馬に乗ったまま、ぶっきらぼうに言う。

「えっ・・・、あなた、私の事知ってたの?」ウィンは驚く。

「あんたのことを知らない貴族がいるわけないだろう。じゃあな、ウィンアウト・ウィンレイン。」エリックは答えると、馬を走らせる。

 「また会いましょう、エリック。私のことはウィンで結構よ。」ウィンは離れていくエリックに向かって大声で言った。

 馬に乗り、駆け足で去って行く中、エリックはウィンの最後の言葉を聞くと、自然と笑みがこぼれてきた。彼が自然に笑ったのは、十数年ぶりであった。

  ―エリック・K・ベーカーか・・・。面白い人物に会ったわね。噂通りの人って感じもしなかったし・・・。他の貴族に比べたら、遥かにいい人だわ。私を王女扱いしないし・・・。でも、エリックのあの目・・・気になるわね・・・。―
ウィンは空に瞬く星を見つめながら、一人思った。

 

 

 

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