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3.六月八日 その一

  

  

  

舞踏会の次の日、ウィンたちは全員船に乗りこんだ。ウィンたちは何隻かあるうちの一番豪勢な船に乗った。とても大きい船だったのでウィン達は決して船酔いをしなかった。この船には王女以外には、ごく一部の名門貴族しか乗っていなかった。

 船に乗ると、ウィンは甲板に出て風にあたっていた。風が気持ちよかった。長い巻き毛が風になびく。

 「ああ、気持ちいい。」ウィンは呟いた。ウィンはなびく髪をそっとおさえた。

 「ご機嫌はいかがですか?王女さま。」ウィンは、はっと振り返った。

 「あら、エリック。あなたも、この船に乗っていたのね。」ウィンは嬉しそうに言った。

 「ああ。」エリックは答えた。エリックの目が、昨日に比べて明るい気がするのは、気のせいではないだろう。エリックの金髪の髪もサラサラとなびいる。

 ウィンはエリックの方を見た。

 「私、昨日からずっと気になってたんだけど・・・あなたってこの船に乗ってるってことは、やっぱりベーカー公爵の御子息なのよね・・・。」

 「・・・それがどうした?」エリックの目が、一瞬にして曇る。

 「でも、直接会ったのって、昨日が初めてでしょ?どうして表舞台に出ないの?」

 「あんたには関係無いだろ!」エリックは声を荒げて言う。

 「ごめん、ごめん!そんなに怒らないでよ。ただね、よかったら私の誕生会と、アレストロ祭に出てくれないかなぁって思って。」

 「・・・考えとく・・・。期待するなよ。」エリックはボソッと言う。

 「誰が期待なんてするもんですか!それじゃあ、六月八日に会いましょうね!」ウィンはニッコリ笑って去っていった。

 「・・・期待してんじゃねーかよ・・・。」エリックは海を見つめて呟いた。

   

 船に乗って五時間ほどするとイリンに着いた。

 「やっと、家に着いたわ。」ウィンはうれしそうに言った。

 イリン。この国は宝石が良く取れる事で有名である。それ故か他の国よりも色彩が豊かな国である。色取り取りの服に身を包まれた人々が三人の王女を見に集まっていた。ウィン達は民衆に手を振りながらイリン式の馬車に乗り込んだ。三十分ほど馬車に揺られると、王都が見えてくる。この国の都には城壁は無く、その代わりに天然の川が堀の代わりをしていた。三人の乗る馬車は橋を渡って都の中に入った。都の至る店でイリン特産のきれいな布を並べていた。

 「相変わらず派手な国ね・・・。」フィージーは呟いた。

 「ええ、でも羨ましいですわ。わたくしの国とは別世界なのですもの。これも南国の特権ね。」フィンは目を輝かせながら言った。フィンの王国、ウーは冬が厳しく一年の半分を雪の中で暮らしている。その為、イリンの開放的な気風が羨ましくなるのも当然のことと思えた。

 「ああ、城がはっきりと見えてきたわ。」ウィンは嬉しそうな声を出した。

 イリン国の城は都の一番奥にあり、天然の森に囲まれた高台に位置していた。白い壁に赤い屋根の城は、たくさんの塔を持っていた。この城は日中に見ても美しいが、特に夜のライトアップされた姿が非常に美しいことで有名である。夜になると城は七色の光を発するのである。巷の話では下からライトアップされているそうだ。

 三人がおしゃべりをしている間に馬車は街を過ぎ、城を囲む森の中を進んでいた。この森にはいろいろな言い伝えがある。アン王女がドラゴンを倒したとか、アン王女絡みのものが多い。アン王女は、イリン国にとって、この国の創始者、イリン女王と同じくらい人気の高い王女である。しかし、アン王女は謎が多い。西の魔女を倒した後、アン王女はこのうっそうと茂った森の奥で王子を一人産むと、消えてしまったのだ。彼女がどのようにして、死を迎えたのかは誰も知らないのである。

 十分ほど経つと、うっそうと茂っていた木々がまばらになりはじめた。

 「王女様方、もうすぐ到着いたします。」御者が言った。

 ウィン達は顔を輝かしている。一年ぶりに両親に会えるのだ。馬車は城門をくぐりぬけた。

 「やったー。我が家に帰ってきたんだわ。」ウィンは小声で呟いた。

 「相変わらず、花が多いのね。羨ましいわ。」フィージーはうっとりと言った。城の周りには花が溢れている。

 

 馬車は正面の扉の前で止まった。城の中の侍女や従僕、それに大臣までも整列して三国の王女を迎えている。皆、嬉しそうである。

 「ただいま!」ウィンは明るい声で言った。扉の前には一年ぶりの両親が立っている。

 「おかえり、ウィンアウト。やあ、フィンニアもフィージニアも一年ぶりね。ご両親は謁見の間で待っている。さあ、お入り。」ウィンの父である国王がやさしく言った。

 「お久しぶりです、叔父様。」フィンとフィージーはニッコリ笑って答えた。

 

 五人は謁見の間に向かった。扉の中に入ると、エピ国とウー国の国王夫妻が顔を輝かせて待っていた。

 「ただいま帰りましたわ、父上、母上。」フィージーの声が聞こえた。しかし、ウィンはほかの事に気をとられていた。謁見の間には、なんとウィンの上の兄姉が勢揃いしていたのだ。

 「姉さま、兄さま・・・。」ウィンは走り出した。そして、ギュッと四人の兄姉を抱きしめた。両親が笑顔でやって来る。

 「やあ、久しぶりだね、ウィン。三年ぶりかな?随分大きくなったね。」イリン国の継承者で、今年十九歳になるトムが優しく言った。トムはここ三年、ウィンニーレインの大叔母様のところで統治者となる心得を学んでいたのだ。

 「あら、本当。とうとうウィンは私を追い越してしまったのね。」今年十六歳になる、ウィンと一つしか変わらない、イリネーが言った。彼女の赤味がかった金髪は肩の辺りまでしかない。服は、濃紺と白を基調としたドレスであった。

 「お帰り、ウィン。これでやっと遊び相手が出来たわ。」ウィンと同じ黄金色の髪を持つ、ウィナーが言った。彼女の服は、非常に不思議なドレスであった。薄黄緑色のスマートなドレスの上に、グリーンの布を左肩から体に巻きつけ、腰元をオレンジ色のリボンで締めていた。彼女は肩の辺りより少しだけ長い髪を、二つに結んでいた。今年で十七歳になった。

 ウィンはウィナーと少しだけ喋ると、身のこなしに細心の注意を払いながら、一人円の外にいるウィンネの元に向かった。

 「只今帰りました。」ウィンはドレスの裾を少し上げて、優雅にお辞儀した。ウィンネが何か言おうとすると、トムが入ってきた。

 「ウィンネ、ウィンも凄くレディーらしくなったと思わないか?そんなにウィンの粗探しをするのでなく、もっと喜べよ。君だってウィンがいなくって寂しかったのだろう?」

 ウィンネは顔を赤らめて口の中で何かを言った。ウィンは嬉しそうに顔を上げると、ウィンネに飛びついた。

 「ウィンアウト、お止め。服が乱れるじゃない。」ウィンネは急いでウィンから離れると、鏡で自分の姿をチェックし始めた。

 ウィンネの髪だけ、父親譲りの茶毛で、彼女はあまり好きではなかった。しかし、兄弟とは違うストレートな所は非常に気に入って、よく髪を垂らしていた。ウィンネは今年で十八歳になるが、未だに婚約者がいない。イリス国の王妃の悩みはここである。五人の子供のうち、婚約者がいるのは、長男のトムだけだ。王妃は十六歳の時にこの国に嫁いだが、娘は一人として相手がいないのである。婚約したことがあるのはイリネーだけで、彼女の場合悲劇的にも相手の殿方が流行り病で亡くなったのだ。ウィナーもある理由で当分は殿方と付き合うことはないであろう。せめて、ウィンネとウィンアウトだけでも・・・。と王妃は常々思うのであった。

  

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