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3.六月八日  その四

 

 

扉の向こうには小さな神殿があった。そこには、既にウィンとイリン国の王妃以外の王族が勢ぞろいしていた。もちろんエシア女王もである。王族以外でいるのは、神官らしき人物と、儀式対象者の婚約者であるフィロンとケルンだけであった。

フィンとフィージーは、ウィンを見つけるとすぐにやってきた。

「ウィン、この殿方はどなた?」フィンが興味津々と尋ねた。

「友達よ。フィン達も知っている筈よ?私以上に有名な問題児なんだから。」ウィンが言うと、二人が驚きのあまり目を見開いた。エリックがますます不機嫌になった。

 ―ちょっと、紹介の仕方が悪かったかしら・・・。―

「それでは、儀式を始める。」いつの間には、ウィン達の近くに来ていたエシア女王の声が響いた。

神殿の中が水を打った魚のように静かになった。

エシア女王は、神殿の奥にある、祭壇に向かって行った。エシア女王は、祭壇に着くと、大きな古めかしい本を開いた。

「アレストロ大国、預言書第二百三十七巻百十二条に記されている神託によれば、「ウィニーレイン国の跡を継ぐものは、三人の姫の中から選ばれるべし。運命の石版を用いて行なうべし。」と記されておる。よって、今からそれを執り行う。」エシア女王はここで一端言葉を切ると、周囲を見回した。そして、大きく息を吸うと、意を決したように口を開いた。「エピ王国第一王女、フィージニア、十四歳。エピの印がしるされている所に立ちなさい。」

フィージーはゆっくりと、モザイクで麦の穂を象った所に向かった。

「ウー王国第一王女、フィンニア、十四歳。ウーの印がしるされている所に立ちなさい。」

フィンは、雪の結晶を象ったモザイクの上に立った。

「イリン王国第一王女、ウィンアウト=ウィンレイト、十五歳。イリンの印がしるされている所に立ちなさい。」

ウィンは、真剣な表情で、花を描いたモザイクの上に立った。三人は真ん中にある、ウィニーレインの象徴である、風を象った石の台を中心に、正三角形の形で立っていた。

「偉大なる神、太陽神よ!ウィニーレインの正当な継承者を導きたまえ!」神官の声が轟いた。「さあ、進むのです!」

神官の言葉と共に、真ん中の石の台から、光が溢れ出し、あっという間に運命の石版を包み込んだ。三人は、恐る恐る足を石筒に向かって、出した。

「何?壁があって、前に進めないわ!」フィージーが、恐怖のあまり声をあげた。

「んっ!これ以上進めないわ。光が眩しくて何も見えない!」フィンも不可思議な力を前でに、パニックを起こしている。

そんな中、ウィンは黙々と進み続けた。

 ―風が凄く強い・・・。この光、凄すぎるわ。眩しくて何も見えない・・・。―

ただただ歩いていたウィンの足に、硬いものが当たった。

―あら、こんなところに台が・・・。光もだんだん消えていく・・・。―

眩しい光が消えたので、ウィンは恐る恐る目を開けると、目の前にウィニーレインの台があり、その上に光り輝いている球体が浮かんでいた。

 ―光の・・・玉?―ウィンがそう思った瞬間、どこからともなく声が響いた。

そなたが選ばれし者、ウィニーレインの継承者。今、魔法の力、目覚めたり。そなたは百年に一度生まれる、選ばれし者。アレストロ大王の力を受け継ぐ者。アレストロの力、目覚めたり!

 

そして、光がウィンの体に入っていった。ウィンの体は一瞬金色に輝き、光が消えると共に、ウィンの意識は遠のいた。

光が消えて、運命の石版の様子をやっと把握できた人々は、ウィンが倒れているので、混乱した。

「ウィン!」エリックは、大声で呼ぶと、駆け足でウィンのもとに駆けつけた。

「ウィンアウトは、大丈夫です。ただ、気を失っているだけだ。・・・しかし、大変なことになってしまった。」エシア女王はゆっくりとウィンに近づきながら、エリックに言う。

「どういう事です?大叔母様。」フィージーもウィンのもとに向かいながら、エシア女王に聞いた。

「・・・ウィンアウトは大変な試練を負うことになる。」エシア女王は厳しい顔をして答えた。

一足先にウィンのもとに着いた、エリックとフィンが驚きの声をあげた。

「大叔母様、ウィンの髪が・・・。」フィンは、ウィンの髪を指して、絶句している。なんと、ウィンの黄金色の髪が、赤銅色になっているのだ。エシア女王はその様子を見て、深い溜息を吐いた。

「ああ、やっぱり。ウィンアウトはアン王女の力を持っていたのだ。それが、この儀式によって目覚めてしまった・・・。髪と目が自由に変化し、摩訶不思議な神の力を扱い、アレストロ大国にかかる恐怖と戦う・・・それがウィンアウトの運命ということか・・・。」エシア女王は辛い表情をした。ふと、ウィンの名前を呼び続けている青年が目に入った。

 ―もしかして、この青年・・・。大変なことになりそうだ・・・。―エシア女王は厳しい表情を少しだけ崩した。

「んっ。・・・どうしたの?」ウィンが、エリックに支えられゆっくりと起きた。

「ウィン、大丈夫?あなたの髪と目・・・。」フィンは心配そうに言った。目を覚ましたウィンの瞳は、黄金色に輝いていたのだ。

「えっ。」キョトンとウィンはする。しかし、次の瞬間、ウィンは大パニックを起こした。

「どういうこと?私の・・・私の髪が・・・。」

「ウィンアウト、大事な話があります。私についていらっしゃい。それから・・・そこのあなた、ベーカー公爵の子息だと見受けられますが、あなたも・・・ついていらっしゃい。」エシア女王はエリックに向かって言った。エリックは、驚いたような顔をしたが、黙ってエシア女王とウィンの後について行った。

エシア女王が、二人を連れて入った部屋には、既に一人の女性がいた。長い黒髪を一本に結び、頭には布を巻いていたその女性のドレスは、真っ赤なドレスでいたる所に金属の飾りが付いていた。

「ハン・・・。」ウィンが呼ぶと、女性がゆっくりと振り返った。隣で、エリックが大きく反応するので、ウィンは驚いた。

「お久しぶりです、ウィンアウト王女。大変なことになったようですね。」ハンと呼ばれた女性は、儚げな笑顔を浮かべた。

ふと、ハンの視線がウィンの隣で下を見ているエリックに移る。

「ウィンアウト王女、その方はどな・・・。」そこまで言って、ハンは憂いを帯びた青い瞳を大きく見開いた。

「もしかして・・・エリック?」ハンはそっと呟いた。また、エリックがビクッと反応する。「ああ、エリック!」ハンは、そう言うとエリックを抱きしめた。

エリックは固まっている。何も言わないし、反応もしなかった。顔も無表情のままでまった。ハンは、何度もエリックの名を呟きながら、肩を小刻みに揺らしている。泣いているようだ。ウィンは、ハンが急にエリックに抱きついたので、わけがわからなかった。

「エリック・・・本当にごめんなさい。」ハンは、絞り出すように言うと、ようやくエリックを解放した。ハンから解放された時のエリックの顔も、無表情のままであった。「私の・・・息子・・・。」ハンがまた抱きつこうとしたが、エリックが拒絶した。

「お前なんか、知らない。俺は、知らない。・・・お前の、息子なんかじゃない。」エリックは冷たく言い放つと、ウィンの静止も振り切り、小部屋から出て行った。

ハンは、そんなエリックの様子を見て、泣き崩れた。

 ―エリックのお母様は、ハンだったなんて・・・。だから、エリックに対してあまり抵抗が無かったのかしら・・・。エリックの瞳は、ハンの瞳と同じ青だから・・・。―ウィンは大きく息を吐く。

 ―大国一の薄汚れた一族・・・か・・・。―

か細い肩を震わせて、押し泣いているハンを見ながらウィンは考える。

ザンシー族。ハンはザンシー族の長老の娘だ。確かに、ザンシー族は大昔、大王を裏切り、放浪の民と成り下がった。巷では誰もがやりたがらない仕事をやる野蛮人だと罵られている。しかし実際は、大王に忠誠を誓い直し、今では大国の両目となり、献身的にアレストロ大国に仕えている。大国にとって、かけがえの無い臣下だ。ハンは決して薄汚れてなどいない。ハンがエリックの下を去ったのは、恐らく大国の仕事のためだろう。

「ハンよ、エリックとの問題は、そなた自身で片付けなさい。正直に、ことの真相を話すのですよ。あの青年は、それ程愚かではないので、理解するでしょう。よろしいですね。」エシア女王は、椅子に座って落ち着こうとしている、ハンに優しく言った。

「はい、わかりました。助言、ありがとうございます。」ハンは儚げな笑顔を浮かべて言った。涙は止まったようだ。

「では、本題に入りましょう。ウィンアウト、あなたはアレストロ大王の力を受け継いだのです。最後にアレストロ大王の力を受け継いだ人間は、アン王女でした。髪や目の色が変化するのは、あなたがその力をコントロール出来ないからです。その力を自由にコントロールできるようになると、アン王女が使ったという、不思議な術を使えるようになるでしょう。」エシア女王は、真剣な眼差しで言った。

 ―私がアン王女と同じ力を持っている・・・?―ウィンは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「ザンシー族の長老の娘、ハンよ。ウィンアウトに例のものを渡しなさい。」エシア女王はゆっくりと、ハンに視線を送り、厳かに言った。

ハンは、ゆっくりと椅子から立ち上がり、飾り棚の下から、古めかしい木で出来た箱を取り出した。飾りも何も付いていない木箱を慎重に運ぶと、ハンはテーブルに優しく置いた。錆びた蝶番を慎重に外し、ゆっくりと開けると、そこからハンは何かを取り出した。

「ウィンアウト王女、これは代々の能力者が身に着けていたものです。これを着けると、力をコントロールするのが、多少なりとも容易になるそうです。」ハンは、ゆっくりとウィンの手にそれを渡した。

それは、何の色もない、ただの透明なガラス玉が一つついている首飾りであった。ウィンは受け取ると、首にかけた。胸元にあたる、そのガラス玉のようなものは、ほんのりと温かかった。一瞬後、ガラス玉は薄く青色が差した。そしてウィンの髪の毛から、黒が引いていき、もとの黄金色に近い色になった。

「わかりましたね、この石を上手に使いなさい。」エシア女王はそう言うと、優しくウィンの頬にキスをした。

「わかりました、大叔母様。ありがとう御座います。」ウィンは優しく微笑んで言った。

その後、ウィンは舞踏会には戻らずに、自室に戻った。部屋のベランダに立ち、空を眺めるとそこには満月が淡い光を放っていた。

―今日は、色々あったわ。エリックは大丈夫かしら・・・。彼もサマースクールに参加するのかしら。・・・私、エリックに嫌われたくないみたい・・・。こんな気持ち初めて・・・。―ウィンはその晩、月を眺めながら、様々な事を考えて過ごした。その目には涙が光っていた。

 

 

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