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1.アンジェリーナ島       その一

 

 

 アレストロ大祭から一ヶ月近く経った。一ヶ月間、自国の王宮で夏休みを過ごしていたウィンアウトは、学園が用意した船に乗り込み、サマースクールが行なわれるアンジェリーナ島に向かった。

アンジェリーナ島は、ウィニーレイン国とイリン国の間にある観光地だ。ウィニーレイン国持ちの古城や、古代の遺跡など、歴史的建造物が数多く残っていることで有名だ。しかし、アンジェリーナ島が有名な一番の理由は、その島にある月の女神の神殿で、アン王女が生まれたからだ。今回、その月の女神の神殿にある修道院が、サマースクールの宿泊先である。 

 アンジェリーナ島に着くと、港でウィンは一ヶ月ぶりにフィンとフィージーと再会した。三人は荷物を御付の者に任せると、一足先に静養に入っているエシア女王に挨拶に行った。

 百年前は美しかったであろう古城は、今では壁には蔓が絡まり、不気味な感じが漂っている。三人は、その古城の横を足早に通り過ぎると、黄色い壁に、緑の屋根の二階建ての夏の離宮に近づいた。

 エシア女王に挨拶をし、夏の離宮で早めのランチを取ると、ウィンアウトとフィンニアは月の女神の神殿に向かう事にした。フィージニアはエシア女王とともに、夏の離宮に泊まるのだ。

 三十分ほど歩いた所に神殿はあった。神殿は海岸沿いの岩場の入り口に立地していた。神殿の先には断崖絶壁があるだけだ。そこから眺める月は、アレストロ大国有数の眺めだと言われている。

 二人は神殿にある修道院の参拝客用の宿泊施設に案内された。修道女の話では、朝夕の礼拝に出席しさえすれば、後は自由だと言うことだった。

 二人は、特別に神殿の本殿参拝を許された。本殿の祭壇中央に、月の女神の像が置かれていた。白大理石で彫刻された女神の背に流れる巻き毛には、真珠の飾りが巻き付いている。真珠は、月の女神の宝石なのだ。窓から射す日の光によって、女神は白く輝いていた。噂では、夜になると月の光に照らされて、女神は白く浮き上がるそうだ。

ウィンは、女神の像を見つめながら、無意識に髪の毛を引っ張った。

 ―女神様は、私に何を求めていらっしゃるのかしら・・・。―ウィンは女神に問いたいと思った。

次の日、フィンとフィージーは婚約者に会いに行ってしまったため、ウィンは一人になってしまった。古城の前に広がる湖の岸に座り込みながら、ウィンは半時前のやり取りを思い出していた。 

「ウィン、ごめんなさい!今日はあなたと遊べないの!」

ウィンがフィンの予定を聞くと、はっとした様子で言うのだ。そして、本当に申し訳ない顔で、少し頬を染めながら「今日はミリンと会う約束をしているのよ。」と続きを言う。

「あっ、そうなの。それならいいの。ゆっくりしてね。」ウィンは慌てて言う。

「本当にごめんなさい!」

「いいって。私も行きたいところがあるし。」

「・・・それってエリック・K・ベーカーの所?」フィンがニヤリと笑って言う。 

「さあね。」

 あの時は、思わせぶりな返答をしたのだが、いざ行こうとすると、一ヶ月前の出来事を思い出し、躊躇ってしまうのだ。アレストロ大祭で、エリックに非常なお節介を焼いてしまい、彼の古傷を突いてしまった。せっかく出来た友達を早々に傷つけてしまったのだ。ウィンは湖に写る自分の顔を見つめながら、珍しく迷っていたのだ。

―情けない顔・・・。くよくよ悩んでも仕方ないじゃない。エリックにあの時のこと、謝らなくちゃ。―

 ウィンは力強く頬を叩くと、立ち上がる。すると、そこへエシア女王の侍女がやってきた。

「王女様、エシア様がお呼びです。」

  ―大叔母様が、私に?―

 ウィンは不思議そうに頭を傾げながら、侍女について行った。 

 別荘の中庭で紅茶を飲んでいたエシア女王は、ウィンアウトの姿を見つけると、厳かに一冊の本を渡した。それは皮の装丁の施された大変古そうな、分厚い本だった。装丁が所々擦り切れている。本の表紙には装飾文字で「アレストロ」とだけ書かれている。昔は金箔が張ってあったのだろうが、ほとんどが取れていて、角の方だけ薄っすらと残っていた。

 「良いですか。この本にはアレストロ大国の歴史や、民族にしての真実が記されています。この本には古代の魔法がかかっており、真実を知るべき者しか開く事が出来ません。また、本が望む部分しか読むことが出来ません。これで、アレストロ大国の全てを学びなさい。」エシア女王は真剣な眼差しで言った。

ウィンアウトはエシア女王のもとを去ると、一人になれる所を探した。森に入って適当な木を見つけると、本を傷つけないように気をつけながら、木に登る。そして、周りに人がいないことを確認すると、深呼吸をしてエシア女王から受け取った本を開いた。

 それは何の抵抗も無く、スッと開く事が出来た。が、開けた瞬間、強力な何かが一気にウィンの体を駆け巡る。一瞬後、それがこの古ぼけた本に宿る強力な魔法だと気が付いた。気が付いたら、ウィンは胸に手をやり、荒い息をしていた。魔石によって制御されていたウィンの魔法の力は暴走して、髪と瞳の色が次々に変化をする。ウィンは震える手で魔石を握り締め、目を瞑って意識を集中させ、なんとか魔力を落ち着かせた。

 一息つくと、ウィンは開かれたままになっている本の中身を覘いてみた。

 「アレストロの歴史・・・。」

アレストロの書はウィンアウトに歴代の王族の中で最も有名な二人を見せた。それは、アレストロ大王と、アン王女だ。二人とも、ウィンアウトと同じ不可思議な力をコントロールし、大国を安泰に導いたお方だ。

 

とその時、馬の蹄の音が聞こえる。ふと、木々の間から下を覘くと、愛馬に跨ったエリックの姿が見えた。ウィンは意を決して木の上から声をかけた。

「お久しぶりね、エリック。」

 エリックは驚いて、木の上を見上げる。すると、少しはにかんだ笑顔を浮かべたウィンの姿がある。

「・・・ウィンアウト王女。どうしてそんな所にいるんですか?」エリックは笑いを堪えるようにして言う。

 「ちょっと、本を読んでたのよ。」そう言うと、ウィンは身軽に地上に降り立つ。それから大きく息を吸うと、エリックの青い瞳を見つめて言い難そう口を開く。「ねえ、この前の事、ゴメンなさい。なんか私余計な事しちゃったみたいで・・・。」

 「・・・いいんだ、あの事は。ウィンが狙ってやったことじゃないし、偶然そうなったんだからさ。あんまり気にすんな。」エリックはウィンの視線から少しずらして言う。

 「本当にゴメンなさい。ねえ、これからも・・・友達でいてくれる・・・?」ウィンは地面を見つめながら言う。なんでこれだけ言うのに、こんなに労力がいるのだろう。恥ずかしくて、ウィンは耳の先まで赤くなっていた。

 「ああ、いいぜ。」エリックはニッコリ笑って言う。その笑顔に、ウィンはまた、真っ赤になった。

―エリックの笑顔なんて初めて見た・・・。―

 

 

 

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