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1.アンジェリーナ島       その二

 

 

次の日も一人になったウィンは、アレストロの書を持ってブラブラと森の中を歩いていた。

気が付いたら、口から自然と歌が零れ、ウィンの機嫌は最高に良い状態だった。

三十分程歩き続けた頃、ウィンは大きな館に出くわした。

「どこの館かしら・・・。」

好奇心にかられたウィンが柵にそって歩いていると、人声が聞こえてきた。

柵をすり抜け、垣根の間から覘き見ると、エリックとハンがいた。

「出て行け!」

「エリック、話を聞いてちょうだい!あの時は仕方が無かったの。」ハンが悲痛な面持ちで言う。

「気安く俺の名を呼ぶな!汚らわしい!!」エリックは嫌そうに顔を顰めて言う。

ウィンはハンがエリックに誤解されているのが堪らなかった。気が付いたら、ウィンは飛び出していた。

「やめて!ハンは穢れてなんていないわ!」

突然の王女の登場に、エリックとハンはピタリと動きを止める。

「ウィン・・・。どうしてここに・・・。」エリックは驚いて口篭る。

「エリック。ハンの事を悪く言わないで・・・。お願い・・・。」ウィンの目からは涙が溢れ落ちる。「ハンがあなたのもとを去ったのは、半分は私たち王族のせいなの・・・。ハンはザンシー族の長老の娘・・・。今は実質的な長老よ・・・。彼女は一所に留まる事は出来ないの。アレストロ大国の統治者に、大国の現状を報告する任務があるから・・・。本当にごめんなさい。あなたから、大切な人を奪ってしまって・・・。」

すすり泣くウィンに、エリックはぎこちなくハンカチを渡す。

「・・・ウィンには関係の無い事だ。ウィンがどんなにおの女を庇っても、俺の血が穢れている事に何ら一つ変わりは無い。俺の体の中には半分も、大国の裏切り者の血が流れてるんだ!」エリックは苦々しく言い放つ。

「エリック!あなたは勘違いをしているわ!」ウィンはハンカチを握り締めて言う。

「何をだ!」苛立ち気にエリックは聞く。

「・・・エリック。ザンシー族について全て話すわ。よろしければ、ウィンアウト王女もどうぞ。」ハンは儚げな笑みを浮かべて言う。

迷った後、ウィンは一緒に聞くことにした。

「我々ザンシー族は、まだこの大国が一つだった頃から王家に仕えている古い一族よ。遥か昔は、ザンシー族は代々神官として王家に仕えていた。なぜなら、その頃の政治は占いによるものが大きく、我々ザンシー族は神々から占いの力を授かっていたから・・・。ザンシー族は、王族の次に神々に愛された一族だったのよ・・・。でも、ある時、一人の裏切り者が出たの。これは、我が一族の歴史の中の最大の汚点・・・。彼のせいで、国王の怒りを買い、我々は都から追われ、流浪の民になってしまったのだから・・・。我々は神官の職から追われた。でも、それで終わりではないの。それから百年、時代が下り、アレストロ大王の時、大王はザンシー族を赦し、その証拠に長老の娘と結婚したの。それから、我々は都に自由に出入りできるようになり、大王の目となり、耳となるために、大国の隅々を旅しているの。」

「・・・今更、何しに来たんだ?」エリックは下を向いてポツリと言う。

ウィンは気が付いた。エリックはザンシー族とかそういう事より、母親が何も言わずに消えた事に傷付いているのだ。その深い傷が、母親を拒否しているのだ。

「ごめんなさい。あなたを置いて出て行って。それを謝りたくて来たのよ。」ハンは目からポロポロと涙を落として言う。

ウィンがハンにハンカチを渡そうとするより前に、手が一本伸びる。エリックの手だ。エリックがぎこちなく、ハンの頬を拭っている。

「もういい・・・。泣かないでくれ。居心地が悪いから・・・。ただ、どうして俺を連れてってくれなかったのか知りたい・・・。」エリックはぼそぼそと聞く。

「あなたは、ザンシー族に属さない方がいいの。少しは知らなくてはいけないけど、ドップリとザンシー族に浸かるのは良くないの。それに・・・ベーカー家には元気な男の子が必要だったし、あの人はあなたを愛していたから、あなたを私が連れて行ってしまったら、凄く悲しむと思ったの・・・。」ハンは泣き止もうとしながら答える。

エリックは怪訝な顔をした。

「おい、待てよ。意味がわからない・・・。」

「私が、ベーカー家を出る直前に、あなたにメダルを渡したわね。」ハンは完全に泣き止むと、目に強い光を湛えて言う。

「ああ。これだろ。」エリックは懐から銀色のメダルを取り出す。

それを横から見ていたウィンはハッとした。なぜなら、自分も持っているからだ。同じ、太陽と月が彫られたメダルを。エリックが持っているのと、色だけが違う。ウィンが持っているのは金色だ。確か、最初にハンと会ったときに、お守りとして貰ったのだ。今も、ポケットの中に入っている。

「それは、神の銀から作られた特別のメダルよ。我等ザンシー族しかその在り処を知らない、特別な銀から作られたメダル・・・。神の銀はザンシー族しか持つことを許されないの。本来は、ザンシー族以外が触れただけで解けてしまうのだけど、あなたのメダルは神の銀と同じ、大国に伝わる三つの銀の一つ、王の銀を混ぜてあるから、触れるぐらいなら大丈夫の筈よ。・・・昔・・・ウィンアウト王女にもお渡ししましたよね?あなたには金のメダルを・・・。」

「はい・・・。」ウィンはゆっくりとポケットから取り出して答える。

「それは神の金で作られています。もちろん、王の金と混ぜて・・・ですけれども。神の金は王族のものです。在り処は、ザンシー族のみが知っているのですが・・・。恐らく、貴女の持っているその書に詳しく書いてありますよ。」ハンは、ポカンとしているウィンを見て優しく言った。

「エリック、そしてウィンアウト王女、そのメダルを肌身離さず持っていて。大国に蔓延る悪からあなた達を守護してくれるから・・・。」ハンは真剣な面持ちでいう。

「ハン・・・?」ウィンは不可解なハンの言葉に不安な顔をする。

「あなた達は選ばれたのです。もっと自信をお持ちなさい。」ハンは力強く微笑みながら言う。

「俺も・・・?」エリックも意味がわからないようだ。

「ええ。あなたもです。エリック・K・ベーカー。もし、それを知りたいなら・・・我々の所で一夏を過ごしなさい。ベーカー公爵からは了承を取っています。」ハンは少し、瞳を不安げに揺らしながら言う。言葉は強いが、エリックが自分の所に来てくれるか不安で仕方がないのだろう。

―でも、どうしてエリックも・・・?―

ウィンはハンを見つめながら考えるが、全く答えは見つからなかった。きっと、まだ知るべきではないのだろう。アレストロの書に聞いてみても、きっと教えてはくれない。

エリックは曇りがちの青い目で、ずっと神の銀を見つめている。母親が唯一自分に残してくれたメダル・・・。エリックは、どんなに母親を憎んでみても、そのメダルを捨てる事は出来なかった。「誰にも見せないで、大切に持っててね。」と、悲しそうな顔をして母親が言ったのを、今でも鮮明に覚えている。母が大好きだった。そしてそれは、今でも変わらないのだと、思い知らされた。母が涙を流す姿を見たくない。

―どうすればいい・・・?―

不安げにあたりを見回すと、優しく微笑むウィンの姿が目に映った。

―ウィンの側を歩いて行きたい。六月八日のあの日からずっと思ってる。アレストロの継承者に選ばれてしまった彼女を支えたい・・・。ウィンは自分を深い闇から俺を救い出してくれた人だから。そして、大好きだった母親とも会わせてくれた。シャイな俺は、辛く当たるしか出来ないが・・・。彼女を支えるには、ベーカー公の下で甘んじるだけでは駄目なんだ。もっと、大国の内情を知らなくては・・・。―エリックはゆっくりと目を開く。彼の目は、決意に溢れていた。

「御教授よろしくお願いします。」エリックはハンの目を見て言った。

ハンはホッと息を吐くと、嬉しそうに微笑んだ。

 

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日記にて、ウィン、フィン、フィージー、エリックを紹介中!

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