第一章

 

 

 ここは都から少し離れた所にある小さな村。都に近いくせに昔から少しも変わっていない。木々がうっそうと茂り、人々は農業などを営んでいる田舎である。そこに一人の少女がいた。彼女は母親が作ったと言われている小さな庭の真ん中に座って、母親の形見である古いメダルを見つめている。彼女の名前はアイリス。アイリス・ノウドゥリ―と言う。アイリスは一週間前に母の故郷のこの村に来たのだ。彼女の母親は十三年前に死んだ。アイリスと母親は一ヶ月しか一緒にいられなかった。そして彼女の父親も一ヶ月前に死んだ。今は孤児である。そこで、彼女は母方の祖父母に引き取られたのだ。

 アイリスの髪は赤毛で、目は明るいグリーンであった。少しやせていて、背も低かったため実年齢より幼く見えた。

 アイリスは、明日から学校に行くのでドキドキしていた。彼女の通う学校は一人の女教師が全てを賄っていた。八歳から十五、六歳まで全てを一つの教室で教えていた。アイリスは初めて学校という所に行くのだ。

 

 次の日、彼女は期待と不安を胸に抱き一人で学校へ行った。教室にはすでにたくさんの子どもがいた。彼女は今まで森の中で父と二人で暮らしていたので、同世代の子ども達がたくさんいる教室を見て呆然としてしまった。

 若い女の先生が近づいてきた。

 「あなたがアイリスね。私はこの学校を担当しているアリア・ストーシーよ。よろしく。どのくらいできるかテストしたいから、空いている席でこれを解いてちょうだい。」先生はとびっきりの笑顔でプリントを渡した。

 一時間後、アイリスは第四教本をやることに決まった。同い年の子より一つ下だった。

 その日、彼女には新しい友達がたくさんできた。みんな新入りのアイリスに優しかった。アイリスはとても嬉しかった。

 「こんにちは。あたし、アマンダ・マクニールよ。アイビーって呼んで。よろしくね。」一人の女の子が声をかけてきた。

 「よろしく、アイビー。」アイリスはアマンダをじっと見た。彼女は艶やかな黒髪に血色の良い顔をしていた。すごく器量が良かった。

 「アイリス、一緒に帰りましょう。あたしの家、あなたの家の斜め前にあるのよ。」アマンダはにっこりと言った。

 その日から二人は毎日登下校を共にした。アマンダとアイリスは大親友になった。

 

 その日、アイリスは祖母に向かって興奮気味に言った。

 「私の人生ってすっごく大変だったけど、やっと光を見つけたわ。おばあちゃん、ここに来て私、とっても幸せよ!」

厳格なフウローリー婦人は静かに言った。

 「レディーたる者はピョンピョン跳ねてはいけないのを知らないのかい?さっさと宿題を終わらせなさい!」

 しかし、フウローリー婦人は内心ホッとしていたのだ。アイリスは今の今まで友達を知らなかった。アマンダと友達になれて本当によかったと。

 

 

 「う〜ん、朝ってなんて素敵なんでしょう。これで私の髪がコアケッド王女のような金髪だったらいいのに・・・。でも、親友もできたし、学校も楽しいし、それだけで満足よ。」アイリスは鏡の自分に向かって言い聞かせた。

 窓を開け放つと、アイリスは手際よく着替え始めた。田舎の娘なら誰でも着ている服だった。黒のモスリンの布地で、丸襟、袖はパフスリーブであった。都ではフープが流行しているのだそうだが、一般の人々には無縁の代物であった。もちろんアイリスもだ。でも、アイリスは今まで流行とは無縁の所で暮していたので、自分のスカートがぺちゃんこだろうと、アマンダほど気にしていなかった。森にいた頃に比べれば、随分マシな格好だ。一端の村娘には見える。夏なので、靴は履いていなかった。髪はおさげにし、黒のリボンでとめていた。喪に服しているのだ。

 

 オートミールの朝食を食べると、アイリスは祖父母にキスし、元気良く出て行った。学校に通って一週間になる。アイリスはいつもアマンダと一緒に学校へ行った。

 「アイリス、あなたこれから一番でいるのは難しくなるわよ。」

 「どうして?」

 「今日からローヤルティー・チャイドナリーがやってくるわ。彼、本当は十二歳なんだけど、お父さんの具合が悪くて三年間学校を行ってないのよ。」

 「よかった、年下の子の中で一番ってあまりいい気分じゃ無いんだもの。」アイリスは言った。

 「彼すっごくハンサムでいたずら好きなの。気をつけてね。」アマンダは頬を赤くしながら言った。どうやらアマンダはローヤルティーに気があるらしい。

 

 授業が始まった。先生が第一教本の子供を教えている間に、ローヤルティーをじっくり観察できた。彼はいたずらの真っ最中であった。髪は砂金色、目は鳶色。背が高く足が長かった。たしかにハンサムだ。

 ローヤルティーは午後までに五回のいたずらを成功させた。

 まず、彼は通路を歩いていた十六歳のハゥティラインに足をかけて、みごとに転ばせた。彼女の家は少し裕福だったので、母親は娘達に流行の服を着せていた。今日も赤のカシミヤのドレスで、刺繍が美しく、しかもフープを付けていた。スカート親が許すまで長くし、靴も履いている。髪も上に結い上げていた。まだ、十六なのにだ。それが、彼に転ばされたとたんフープのせいでパンタールが足の付け根まで丸見えになってしまった。転んだ衝動で綺麗に結い上げた髪はほどけてしまい、ひどく猥らな姿になってしまった。

 ローヤルティーはたくさんいたずらしたが、誰も告げ口しなかった。

 昼休み、ローヤルティーはアイリスにいたずらをしようと心に決めた。なぜなら、午前中何度もアイリスの気を引こうとしたが、ことごとく失敗したからだ。彼は今の今まで失敗した事などなかったのだ。―あの赤毛のチビめ―ってわけだ。

 アイリスがアマンダとお喋りをしていると、バシャッと頭から水が降ってきた。

 アイリスはびしょ濡れになってパッと立ち上がった。アイリスの頭から、割れた水風船が落ちて来た。少し離れた所で男の子達がゲラゲラと笑っている。その中に、ローヤルティー・チャイドナリーがいた。アイリスの顔は真赤になった。アイリスはずんずんと馬鹿笑いしている男の子達のところに向かうと、迷わずローヤルティーの頬を平手打ちして、大声を上げた。

 「よくもやってくれたわね。このくそったれ!馬鹿野郎!私に構わないで・・・。」彼女の目から涙がこぼれた。大笑いしていた男の子達が笑うのをやめる。

 その時、ストーシー先生が大股で近付いてくる。

 「もう、チャイムが鳴ってから随分経ちましたよ!早く教室にお戻りなさい!アイリス・ノウドゥリー、暴力はいけませんよ。女の子が手を上げるとは・・・。」そこでストーシー先生は、アイリスの様子に気が付く。

「まあ、アイリス。どうしてそんなに濡れているんです?一体、何があったのですか?」ストーシー先生は周りにいる生徒たちに聞く。誰も黙り込んで、答えなかった。ただ、アイリスの啜り泣きだけが響いた。

 その時、一本の手が挙がった。

 「先生、僕が彼女にいたずらをしました。覚悟はできてます。仕置きをして下さい。」ローヤルティーは真っ直ぐにストーシー先生を見つめて言う。

 クラスの皆は驚いた。あのローヤルティーが自ら名乗り出たのだ。これは前代未聞の話である。

 「ローヤルティー・チャイドナリー。このような人を傷つける行為は許されませんよ。ローヤルティー、あなたは残りの時間、黒板の前で立っていなさい。それから、一週間学校の清掃活動を行いなさい。このことは、御両親に報告しなくてはいけません。残念です。アイリスに謝るのは、授業が終わった後にしてもらいます。さあ、皆教室に戻りなさい。午後の授業を始めますよ。」

 

 授業が終わり、教室にはストーシー先生とアイリス、ローヤルティーの三人だけが残っていた。先生が口を開いた。

 「さて、ローヤルティー、ちゃんとアイリスに謝るのですよ。そして、アイリス、あなたはそれをちゃんと受け入れなさい。いいですね。」

 先生はそれだけ言うと、先に帰って行った。

教室は二人だけになった。

 「ねえ、ミス・ノウドゥリー。君に水なんかかけてゴメンよ。許してくれないかい?」ローヤルティーはアイリスの手を取り、炎の様に赤いおさげを触れながら言った。アイリスは恥かしさのあまり、おさげと同じくらい顔が赤くなった。手をはずしたかったが、彼はそれを許さなかった。彼女は赤くなった自分に腹を立てながら、冷たく聴こえる様に願いながら言った。

 「私も酷いことを言って悪かったわ。ミスター・チャイドナリー。」

 「僕のことはローヤルでいいよ、ミス・ノウドゥリー。ねえ、君のこと、アイリスって呼んでもいいかな?」

 「どうぞ、御勝手に!」アイリスはローヤルの手を振り払うと、振り向きもしないで足音も荒く学校を出て行った。

 

 次の日から、アイリスはローヤルと目を合わす度に、顔を真っ赤にした。それをローヤルに知られたくないので、アイリスはローヤルのことをトコトン無視した。

 家では、アイリスは祖母からキルト作りや編物、料理など、女の仕事について習った。アイリスの祖母、フウローリー婦人は、ふくよかなぽっちゃりした人で、背が低かった。信仰が厚く、毎日全能の神、ゼネルに祈りを捧げていた。祖父も、ぽっちゃりと太った小柄な人だった。祖父の短い指は器用で、アイリスによくおもちゃを作ってくれた。祖母の話では、アイリスの母も、ぽっちゃりとした小柄な人だったそうだ。しかし、アイリスは小柄ではあったが、体型はやせていて、どちらかというと亡くなった父親にそっくりであった。

 

 学校では、ローヤルに勝とうと躍起になっていた。ローヤルは非常に頭が良いのだ。アイリスとローヤルは一番の取り合いをしていた。ローヤルはわざとしているつもりはないし、アイリスと仲良くしたかったが、その事がアイリスをますます怒らせた。

 アイリスは、宗教や歴史については素晴らしく良かったが、化学や数学についてはてんで駄目だった。しかし、ローヤルはどうやら理系らしい。アイリスは、父が森の寂しい中いつも、『神の書』を読んでくれたことを感謝していたが、時々は理数の話もしてくれれば良かったのにと、思わずにはいられなかった。

 

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Photo by Four seasons

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