第一章
次の日、アイリスは祖父母と別れると、ローヤルと共に馬車に乗り込んだ。もちろん、アマンダとピーターも一緒だ。
十分もすると着いた。数台の豪華な馬車が止まっており、小姓が沢山の荷物を運んでいる。どうやら主人は、もう先に館に入っているようだ。
「では、お嬢様、お荷物の方はお任せを。」アマンダはアイリスが場所を降りるのを手伝いながら言う。
「でも・・・。」アイリスはアマンダの言葉に戸惑いを覚える。
「行くよ、アイリス。いざ、戦場へ。」ローヤルは動きの止まったアイリスの腕をそっとひいた。
アイリスは溜息を吐き、ローヤルの後ろを歩いて行った。
ロビーに入ると、制服を来た王女が待ち受けていた。
「久し振りね、アイリス、ローヤルティー。ローヤルティー、アイリスはわたくしに任せて。」コアケッドは笑顔でアイリスたちを迎えると、すぐにアイリスの腕を取り言った。
王女はアイリスをローヤルから引き離すと、部屋に案内した。
「ねえ、アイリス。わたくしの部屋と、あなたの部屋は隣同士なのよ。ここがあなたのお部屋。中にお入りなさいよ。」コアケッド王女は嬉しそうに言う。アイリスも小さく微笑んで答えた。
アイリスはドアを開けた。まず、目に入ったのは大きい窓と落ち着いた濃い赤色の分厚いカーテンだった。その手前には寝台があり、ソファーにはクッションが山積みされていた。
「色は赤で良かったかしら?青やグリーンの方がお好き?」コアケッドは不安げに聞く。その表情を見て、アイリスは小さく笑った。
「赤が好きよ、私は。・・・コアケッドの部屋は何色なの?」アイリスはちゃんと呼び捨てで呼べて良かったと思った。コアケッドと呼ばれた瞬間、王女の表情が薔薇色になった。
「わたくしの部屋は濃いブルーよ。ピンクと悩んだのだけど、あなたと一緒にいたいから、青にしたの。あなたは落ち着いた感じの色がお好きでしょ?」
「まあ、コアケッド。あなたの好きな色でいいのよ。私なんか気にしないで・・・。」アイリスは困ったように言う。
「いいのよ。わたくし、青も好きですもの。だって、わたくしの瞳の色ですもの。」コアケッドはむきになって言う。その瞳に、何かがあるように思えたが、アイリスにはわからなかった。
「それならいいのよ。ねえ、コアケッド、制服に着替えたほうがいいのかしら?」アイリスはソワソワと聞く。
「ええ。着た方が良いですわ。わたくし、部屋で待っているから、早く着替えなさいな。ねえ、アイリス。そのドレス、素敵ね。お母さまが仰っていたわ。きっとあなたはセーラー服を着るでしょうって。」少し寂しそうにコアケッドは言う。
「・・・コアケッド・・・?」アイリスは不安げに呼びかける。
「アイリス!早く着替えてきなさい!時は金なりって言うでしょう?わたくしは大丈夫よ。部屋で待っているからね。」コアケッドはアイリスの表情を見て、ケロッと表情を変える。
アイリスはまるで、狐につままれた気分だった。
―私の見間違い・・・かしら・・・。―
アイリスは首を傾げながら部屋に入った。
部屋に入ると、部屋の隅にある小さな戸から、アマンダが出てきた。
「まあ、アイビー。あなた何処から出てきたのよ?」アイリスは驚いて声を上げる。
「あなたの部屋は二間続きなのよ。ここの大きな部屋はあなたの部屋。隣の小さな部屋は、私のような侍女の部屋ってわけ。さあ、アイリス。着替えるわよ。」アマンダはアイリスの紺色の制服を手に取りながら言う。
「いやだ。アイビー。私、一人で着替えられるわ。」アイリスは思わず声を上げる。
「アイリス。我侭を言うんじゃないの!そんな事したら、私の仕事が無くなっちゃうでしょ?」
アマンダの言葉を聞いて、アイリスは一瞬動きを止める。その瞬間を逃さず、アマンダは問答無用でアイリスの着替えの手伝いを始めた。
「アイビー・・・。私たち、ずっと親友よね?」アイリスは思わず聞く。
アイリスの跳ね毛を何とかしようと悪戦苦闘していたアマンダは、驚いて手を止めた。そして、それから困ったように笑う。
「当たり前じゃない。私たちはずっと親友よ。例え、あなたが貴族様で、私がただの村娘だとしてもね。」
「アイビー!!」
「アイリス、でも、これは本当の事じゃない。前を見なさい。あなたは貴族様なの。今まで、私たちは同じ目で同じ世界を見ていたけど、これからは違うのよ。それはどうしようも無い事。でも、私はずっとアイリスを大切な親友だと思ってるわ。あなたの為なら、なんだってする。現に私、ここにいるでしょ?」アマンダは優しく微笑む。
「・・・ごめんなさい。私の為にそこまでしてくれるなんて・・・。」アイリスは泣きそうになる。
「泣かないで、アイリス。まあ、確かに、父さんも母さんもいい顔しなかったけど、私はアイリスが心配だったもの。元々、都で働きたいって思ってたしね。いい機会だと思ったのよ。私は都一番の侍女になるわ。もちろん、自分の為にね。だから、謝らないでよ。」アマンダは困ったように言う。
「・・・ありがとう、アイビー。」アイリスは小さく微笑んで言った。
「そう、それでよろしい、と。・・・う〜ん。困ったわね。あんたの髪、相変わらず跳ねが酷いったらありゃしない・・・。どうしたら綺麗な巻き毛になるのかしら・・・。」アマンダが困ったように溜息を吐く。
「ふふ。いいわよ、アイビー。これで十分。ありがとう。」アイリスは可笑しそうに笑う。
「・・・良くないわ!その跳ね毛が元で、馬鹿にされたらどうするのよ!」アマンダは口を尖らせて言う。
「・・・わかったわ。コアケッドに聞いてみる。前にお城に泊めさせてもらった時に、彼女の侍女が素敵な巻き毛にしてくれたら。彼女の侍女なら何か知ってるかもしれないわ。」アイリスは苦笑しながら言う。
「本当?是非、聞いてきて頂戴。じゃないと、私が馬鹿にされるわ。」アマンダは目をキラキラさせて言う。
「わかった。じゃあ、行って来るわね。」アイリスは優しくアマンダを抱きしめると、王女に会いに部屋へ向かった。
第三節です。多分、コレが最後の節・・・。の予定です(笑)
Photo by Four seasons