第五章

 

 

 

二人はドレスを着ると、薄く化粧をし、髪を同じようにアップさせる。全て、コアケッドが望んだことだ。

アイリスは笑顔で全てを受け入れたが、心の中では戸惑ってばかりいた。

―コアケッドは何を考えてるの・・・?―

二人は並んで鏡の前に立つ。

色違いの髪に、色違いの目、そして色違いのドレス・・・。

確かに、二人は恐ろしいほどそっくりだった。アイリスはその事実に初めて気が付いた。

「いい感じね、アイリス。さあ、お父様とお母様にご挨拶しに行きましょう。」

コアケッドはニッコリと笑うと、アイリスの腕を取った。

        

             

二人が並んで両陛下の前に現れると、国王は立ち上がって出迎えた。

「ハッハッハ。これはどんな悪戯じゃ。どちらがわたしの娘で、どちらがわたしの親友の娘かな。全く、二人がこんなにそっくりだとはな。」

国王は豪快に笑って言う。それを聞いて、王妃はそっと、口に手をあてた。

「アイリス、そなたの髪は不思議な髪じゃな。染めたのか?最初に会った時は、そのような色では無かったと思うが。」

国王は顔を上げたアイリスを見て、声をかける。

「陛下、わたくしにも判らないのです。神のみぞ知る・・・なんだと思います。」

アイリスは強張った表情で答えた。

「神のみぞ知る・・・か。・・・そうかもしれんな。」

国王は何を思うか、目を瞑って呟いた。

「・・・アイリス、学園の生活はどうです?」

恐る恐る国王を見つめていると、アイリスは唐突に王妃に声をかけられる。

驚いて王妃を見ると、目を瞑った顔が、真っ直ぐにアイリスを見ていた。

「・・・コアケッドのお陰で、何不自由なく過ごしております。」

アイリスは少し驚いて答えた。

「そうか、それは良かった。コアケッド、こちらにいらっしゃい。」

王妃は少し、アイリスから顔を動かして言う。手をコアケッドの方に向けていた。

「・・・お母様、化粧が崩れますから顔には触らないで下さいね。」

それだけ言うと、コアケッドは母親の手に、自分の手を重ねた。

アイリスはコアケッドの表情を見て、首を傾げた。コアケッドの顔は、なぜか、少し不満げで、その上、今すぐ泣きそうな曇り空だったのだ。

―なんで・・・あんな表情をするんだろう・・・。―

アイリスは物思いにふけながら、王女と王妃の短い抱擁を見つめていた。

  

       

下に降りれば、王女は引っ張り凧だった。あっという間に、婚約者候補に囲まれ、ダンスを申し込まれている。それはローヤルも同じだった。少し離れた所で、色とりどりの女性達に囲まれている姿が、アイリスのところからもよく見えた。

それに引き換え、廃絶された家の一人娘で、後ろ盾もいないアイリスに、ダンスを申し込もうとする人間などいるわけもなく、一人でポツーンと突っ立っていた。

―これのどこが、誰からも必要とされてる・・・のかしら。―

いつぞや、王女が言った言葉を思い出し、アイリスは溜息を吐く。ダンスを申し込まれても困るだけなので、これはこれで良かったのかもしれないが、それにしても寂しい。

ボウッとダンスに興じる男女を眺めていると、視界に男物の靴が入る。物憂げに顔を上げると、そこにはアレン・カルベルトが立っていた。

思っていた人物と違って、アイリスは小さく溜息を吐く。

「もしかして、チャイドナリーだと思ったの?」

楽しげにアレンは聞く。それを聞いて、アイリスは嫌そうに顔を顰めた。

「あなたには関係ない事でしょ。どっかに行って頂戴。今は、あなたの相手をしている気力なんて無いから。」

アイリスは手を適当に振って言う。

「つれないね。そういう態度を取られると、是非とも自分に向かせたいと思ってしまうよ。」

アレンは口端を上げて笑う。

「どんなに頑張っても無理だと思うわよ。私、あなたに関心なんて無いから。」

アイリスはダンスホールをぼんやりと眺めながら言う。

「へーえ。でも、僕は君の関心があるんだ。・・・ねえ、なぜ髪の色が変わるか、知りたくない?」

アレンはそっとアイリスに近付き、耳元で囁く。

アイリスはハッとして振り返った。アレンとアイリスの瞳が合う。アイリスは酷薄なアレンの瞳を見て、恐怖を感じた。

思わず、アイリスはアレンを突っぱねた。その時、アイリスの白い手が、首から垂れていたアレンのメダルに触れた。

その瞬間、ピリッとアイリスの腕に刺激が走る。ゾワリと背筋が立った。

「うっ。」

アイリスは思わず口に手を当てる。吐き気がアイリスに襲い掛かった。アイリスは倒れているアレンを無視して、急いで外に出る。気持ちが悪かった。

          

                 

コアケッドは貴公子達を乱雑にあしらいながら、その一部始終をずっと見ていた。

アレン・カルベルトは知っていた。確か、没落貴族の一人息子で、メダルを所持していたから入学を認められたのだ。その美貌は、女子学生の中でもかなりの人気で持て囃されている・・・とか。コアケッドにとってはどうでもいい事だが。

ただ、なぜアイリスに話しかけたのかが気になった。そして、なぜ、アイリスに突き飛ばされたのか。

突き飛ばされる瞬間に、コアケッドはカルベルトと視線が合った。その時、彼の瞳が笑っているように思えたのはなぜだろうか。

気が付いたら、コアケッドは貴公子達から離れ、アレン・カルベルトに近付いていた。

「アイリスに激しく拒否されたみたいね。大丈夫?アイリスに何の用なの?」

コアケッドは未だに座り込んでいるアレンに向かって、話しかける。

「お初にお目にかかります、コアケッド王女。」

アレンは自力で立ち上がると、ニコリと笑って言う。さっきまで無様な姿で倒れていたのに、なんて変化だ。コアケッドの目は、冷たくなる。

「作り笑いなんて、結構!アイリスに何の用かって聞いてるの。アイリスは嫌がってるのだから、もう彼女の周りには近付かないで頂きたいわ。」

コアケッドは冷ややかに言う。さすが、氷の王女サマだ。

「なーに。貴女とアイリスが似ている理由に、心当たりがありましてね。それを確かめようと思っただけの事・・・。僕は、本当は貴女に興味があったのです。」

アレンは笑顔を崩さずに言う。コアケッドが冷たく言ってるのに、まだ笑顔でいられるなんて、最近では見られない骨のある男だ。

「・・・今、何て言った・・・?」

コアケッドの瞳が、僅かに揺れる。

「貴女とアイリスが似ている理由に、心当たりがあると言ったのです。」

アレンは軽やかに言う。

「ほん・・・とう・・・に・・・?」

コアケッドは震える声で尋ねる。

「ええ、本当です。真実を知りたいのなら、地下の封印された神殿にお一人で来て下さい。私はいつでもそこで、貴女をお待ちしております。」

アレンはそっとコアケッドの耳元で呟くと、サッと離れる。

コアケッドは一人、口に手を当てて、突っ立っていた。

                 

パンドラの箱が、開けられようとしている。

  

  

   

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Photo by Four seasons

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