第七章

 

 

 

誕生日会の次の日、アイリスはコアケッドを探したが、彼女は何処を探しても見つからなかった。

何度訪ねても隣室はもぬけの殻で、食堂でも見かけなかった。もちろん、授業にも全く姿を現さなかった。貴族の娘達はみんな夜更けまでダンスに興じていたのに、目の隈を作ってしっかり出席している中、コアケッドだけいないのは大変目立った。教師も、コアケッドが休むなんて、珍しいですわねと呟いていた。

クラスメイトにコアケッドの事を聞こうと思っても、彼女達はアイリスを汚いものでも見るように、眉間に皺を寄せて冷たい視線を向けるだけで、アイリスの言葉をしっかり聞いてくれる者は誰もいなかった。困り果てたアイリスは、廊下でローヤルの背中を見つけると、他の生徒の存在も忘れて、大きな声で呼びかけた。

「ローヤル!!」

その言葉に驚いて大勢の生徒がアイリスを凝視する中、アイリスはローヤルの所へ飛んでいった。

「ねえ、ローヤル!あなた、コアケッドが何処にいるか知らない?」

アイリスはローヤルの側に寄ると、口早に聞く。

ローヤルは周りを一瞥すると、肩を竦めた。

「さあ。僕は昨日、チラリとコアケッドを見ただけで、会ってないんだ。最近は忙しくてね・・・。」

ローヤルはすまなそうに言うと、アイリスを置いて歩いて行った。

    

―ローヤルも知らないなんて・・・。ああ、コアケッド!貴女は何処に消えてしまったの!!?―

アイリスは溜息を吐いた。

    

     

     

翌朝、アイリスは身支度を済ませると、コアケッドの部屋に訪れた。これだけ朝早くなら、流石にコアケッドはまだ部屋の中だろうと踏んだのだ。

しかし、ノックをして開いた部屋は、空っぽだった。ベッドも、机も、タンスもない。上品な笑顔を浮かべてアイリスを迎え入れるコアケッドの姿は何処にも見受けられなかった。

―部屋を間違えた・・・わけでは無さそうね・・・。でも・・・どうして・・・?―

アイリスは我に返ると、すぐに寮監の下へ向かう。

「先生!コアケッドは何処に行ったのですか?どうして私の隣は空っぽなんですか!?」

アイリスはノックも忘れて、寮監の部屋に侵入する。朝の紅茶を入れていた寮監は驚いて片眉を上げた。

「ミス・ノウドゥリー。部屋に入る時は必ず、ノックをするように。・・・コアケッドなら、昨晩のうちに部屋を移りましたよ。部屋を変えて下さいと直々に頼みに来たのです。」

それだけ言うと、困惑しているアイリスを寮監は部屋の外に締め出した。

―部屋を変えてって・・・コアケッドが頼んだの・・・?どうして・・・?―

呆然と突っ立っていると、アイリスは声をかけられた。ハッとして振り返ると、完璧な出で立ちのローヤルがいた。

「ローヤル!コアケッドが部屋からいなくなったの・・・。寮監がおっしゃるには、彼女が部屋を変えてって言ったって・・・。どうして?私、何かした?・・・せっかく出来た友達なのに・・・。」

アイリスは泣きそうになりながらローヤルに聞く。ローヤルもアイリスの言葉に驚いた。

「部屋を出た?どうしてそんな事を・・・。アイリス、とにかく落ち着こう。それから、コアケッドを探そうよ。学園のどこかにはいる筈だからさ。」

ローヤルはアイリスの背を擦りながら言う。アイリスは小さく頷いた。

     

二人で食堂に向かっていると、階下から怪しげな集団がやって来る。皆、制服ではなく、真っ黒のマントを被り、フードを被っている。その集団の真ん中だけ、フードの下から綺麗な金髪が垂れていて目立っていた。最近では良く見慣れた髪の色だ。

「コアケッド!!」

アイリスは思わず大声で呼びかけていた。

一瞬後、集団の真ん中にいた背の高い女性はゆっくりと振り返る。フードを取った女性は、見間違うはずが無い。コアケッドだった。

アイリスは急いで彼女に近寄ろうとする。その時、コアケッドが口を開いた。

「田舎臭さが移るので、近寄らないで下さる?」

彼女はとても冷たい瞳でアイリスを見て言う。その、あまりに冷たい言葉にアイリスは凍りついた。

「コアケッド、言い過ぎだぞ。」

ローヤルは眉間に皺を寄せ、コアケッドを嗜める。

すると、コアケッドは声を荒げた。

「あなたは幼馴染より、この田舎の娘の方が大切なのね!放って置いて頂戴!わたくしには、新しい友達が出来たから!!あなたたちの顔なんて、見たくも無いわ。二人で、友達ごっこでもなんでもしていて頂戴。大っ嫌いですわ!!!」

それだけ怒鳴ると、呆然とするアイリスと眉間に皺を寄せるローヤルを置いて、コアケッドは去って行った。

          

―コアケッド・・・。どうして、そんなに辛そうなの?どうして、そんなに泣きそうなの?私・・・コアケッドを傷つけたのかしら・・・。―

アイリスは拳を握り締める。

気が付いていなかったとはいえ、コアケッドを傷つけていたとしたら、自分は最低の人間だ。せっかく出来た友達を傷つけたなんて、自分を許せなかった。

アイリスが自責の念に駆られていると、ローヤルが急にアイリスの腕を掴んだ。

「アイリス。僕は少し調べる事が出来たから、今日はここで別れよう。コアケッドの事はあんまり気にしないでくれ。今の彼女は、少し、情緒不安定なだけだと思うから・・・。明日、もう一度会ってくれるかな。それまでに、僕は君に事情を話せるようにしておくから。」

ローヤルは真剣な表情で言う。何かに追い立てられるように早口だ。

「・・・いいわ。」

アイリスは眉を顰めながらも了承する。

「アイリス、君は今日一日、部屋から出ないでくれ。誰かが訪れても絶対に出ちゃ駄目だよ。この理由も、明日必ず話すから。明日、朝の六時に君を迎えに行くから、それまではアマンダ以外の人と絶対に誰にも会わないでくれ。僕が来たとしても追い払ってくれよ。僕は絶対に朝の六時にしか君の元に来ないからね。約束してくれるね。」

「・・・どうして・・・?」

アイリスは困惑する。ローヤルがどういう意味で言っているのかわからなかった。

「どうしてもさ。理由は、絶対に明日話すから、今は聞かないでくれ。僕も調べないとわからないことがあるから、君に全てを話せない。明日なら、きっと話せると思うから・・・。お願いだ、アイリス。」

アイリスにはローヤルの真意は全く掴めなかったが、今、この学園で一番信じている人間は、コアケッドを除いたら、ローヤルしかいなかった。

「いいわ。」

アイリスは小声で言った。それを聞いて、ローヤルはホッとした表情を見せた。

  

   

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Photo by Four seasons

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