第十章

 

 

 

あの輩は、あなたを狙って侵入したようです。あなたを味方につければ、エレスを神にする事が出来ると考えたのだろうと、司祭様は仰っていました。そして・・・わたくしは光を失いました。あなたという幻覚の光を除いて・・・。」
王妃はドレスを強く握り締めて言った。
その時、ガタンと音がして馬車が止まる。馭車台にいたローヤルが、馬車のドアを開けた。
「着きました。着いて来て下さい。」

      

ローヤルの先導で、三人は朽ちた神殿に歩いていく。真っ黒な扉を開けると、階段は下に降りていた。
「ここは、エレスの地下神殿です。ヘスが司祭の時、ここが大神殿でした。ヘスが亡くなったと共に、神殿は崩れ落ちたのですが、秘密裏に地下神殿を作って、エレスの信者達は信仰し続けたようです。」
暗い階段を照らしながら、ローヤルは言う。
「では、娘は・・・コアケッドはここにいるの・・・?」
王妃は震える声で聞いた。
「恐らく。」
「さあ、降りるわよ。」
アイリスはローヤルからランプを奪うと、ズンズンと降りていった。

      

     

       

コアケッドは、地下神殿の祭壇の上にいた。司祭の格好をしたアレンが隣にいる。コアケッドの目の前には気を失ったアマンダが横たわっていた。コアケッドは、感情の無い瞳でアマンダを見下ろしていた。
「この娘を差し出せば、エレス様はオブラに勝る力を得るのね?」
コアケッドはアマンダから目を離すと、アレンに聞く。すると、アレンはニッコリと笑って頷いた。
「その通りです、王女様。今こそ、エレス様を復活させましょう。この娘の命だけでは目覚めさせるだけで限界ですが、運の良い事にオブラの神官が迷い込んで来ましたし。すぐに、エレス様がこの王国を支配するだけの力を得て下さいます。その時は、王女様、貴女がこの国をお治めください。」
アレンは足元に転がしておいたプリーストを一瞥しながら言う。プリーストはつい先ほど、この地下神殿に侵入しようとして、逆にアレン達に捕まったのだ。
「そうね。お父様は、国王には相応しくないわ。」
コアケッドは少しだけ憎しみを滲ませて言う。
―わたくしを愛して下さらないお父様もお母様も必要ないわ。―
コアケッドは拳を握り締めて思うと、顔を上げる。
「さあ、始めましょう。エレス様、復活の儀を。」
コアケッドが重々しく言うと、地下神殿に集まっていたエレスの信者が次々と頭を垂れた。

       

コアケッドはかなり古びたナイフを手に取った。かなり昔から、エレス様への生贄の儀に使われていたナイフらしい。取っ手の部分に、古い血痕がこびり付いている。しかし、刃はかなり鋭利で、細腕のコアケッドでも振り下ろせば、難なく人を一刺しに出来そうだ。
コアケッドがナイフを振り上げようとしたその時、アマンダの目がゆっくりと開く。コアケッドは驚いて、腕の動きを止めた。アマンダの目は暫くさ迷っていたが、やがてコアケッドに焦点を合わせた。アマンダはコアケッドを見ると、ゆっくりと微笑む。
「王女様。アイリスが心配していましたよ。後で、あの子に会いに行って下さい。」
コアケッドはアマンダの言葉を聞くと、怒りを露わにする。
「また、アイリス・・・。あなた、自分がどんな状況かわかってないみたいね。これからわたくしに殺されるのよ?アイリスと仲が良いというそれだけの理由でね。」
コアケッドは吐き捨てるように言うと、ナイフを振り上げる。
「あなたを殺し、司祭を殺し、アイリスとローヤルを殺し、アイリスばかりを愛し、わたくしを愛して下さらなかったお父様とお母様を殺して差し上げるわ。みんな、みんな死ねばいいのよ!!」
コアケッドは喉が張り裂けんばかりに叫ぶと、ナイフを振り下ろす。そんな彼女の動きを止めたのは、思いもしない人の声だった。

           

「コアケッド!!」

                    

コアケッドは自分の名前を呼ばれて、動きを止める。次の瞬間、何かがナイフの刃に当たり、刃が跡形も無く消え去った。
コアケッドはそんな事に気付きもせずに、声のした方に顔を向ける。地下神殿の黒々とした扉の目の前で、コアケッドは王妃の姿を見つけた。
「お母様・・・。」
コアケッドは掠れる声で呟いた。が、すぐにコアケッドは怒りに顔を歪ませる。王妃の隣に、弓を持ったアイリスの姿があったからだ。
「今更、何の用ですか、お母様!わざわざ、アイリスと一緒に来なくても良いでしょう。それとも罪滅ぼしとでも思って、その命をエレス様の為に散らして下さると言うのですか?」
コアケッドは声を荒げて言った。王女が柄を握り締めると、消えたはずの刃が、再び現れる。刃の色は、禍々しい黒だ。神殿内の空気が淀む。
「コアケッド・・・。貴女にはたくさん悲しい思いをさせてしまいましたね。わたくしを怨むのは仕方の無い事だと思います。無理やり手放させられたアイリスの事ばかり思い、一緒に暮らしていた貴女の寂しさに気付いてやれず、本当に悪かったです。貴女がそれで満足すると言うのなら、この母の命、喜んで差し出しましょう。」
王妃は涙を流しながら、訴える。
すると、コアケッドは高笑った。
「今更気が付いたって遅いのよ!あなたの命を奪った位で、この怨みが晴らされるとでもお思いで?・・・まあ、いいわ。まずはお母様。あなたの命を頂きましょう。さあ、こちらへ。」
コアケッドはアマンダを石台から蹴落としながら言った。

                        

王妃はコアケッドと向き合うと、コアケッドを引き寄せて抱き寄せる。王女は予想外の展開に、されるがままだった。
「大きくなりましたね、コアケッド。先日の貴女の誕生日に、こうやって貴女を抱き締めて、初めてわたくしは長い間、貴女を抱き締めていない事に気が付きました。いつの間にか、貴女はわたくしと同じくらい背が高くなっていたのですね。ああ、コアケッド。貴女の顔が見てみたいわ。きっと、とても美しく育ったのでしょうね。・・・コアケッド、怨むのはわたくしだけにしなさいね。陛下は何も知りません。アイリスは貴女のたった一人の双子の妹です。」
王妃はそっとコアケッドの耳元に囁く。身動き一つしなかったコアケッドだが、アイリスの言葉が出た瞬間、急変した。
いきなり、王妃を突き飛ばし、胸を押えて蹲った。王妃は驚いて、コアケッドに駆け寄る。
「コアケッド!大丈夫ですか?どこか痛いのですか?」
王妃はコアケッドを揺さぶる。が、後ろから急に羽交い絞めされた。今まで傍観していたアレンが王妃の自由を奪ったのだ。
「黙って見ていて下さい、王妃様。王女様のアイリスへの憎しみは、想像以上に大きいらしいですね。王女様の憎悪の感情を糧に、いよいよエレス様が復活なさるのですよ。」
アレンは薄く笑いながら言う。王妃はそれを聞いて、顔を背ける。
―わたくしが・・・わたくしが、コアケッドにたっぷり愛情を注がなかったばかりに・・・。―
コアケッドは恐ろしい高笑いを上げる。彼女の周りから、吐き気がするほど禍々しい空気が溢れていた。その気に当てられ、王妃は気が遠くなりかける。その時、ピュッと何かが耳元を掠め、淀んでいた空気を浄化した。王妃が驚いて振り返ると、弓矢を構えたアイリスがいた。

  

   

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Photo by Four seasons

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