第一章




 月日はあっという間に経った。アイリスが祖父母に引き取られてから、もう三年が経とうとしている。アイリスの身長は二十センチは伸び、他の女の子より頭一つ大きかった。また、髪の色も少しずつ変化し、最近では赤毛というより茶毛に近くなっていた。十二歳の頃のアイリスと、十五歳のアイリスを重ねてみる人は、まずいないだろう。もともと祖父母に似ていなかったアイリスは、ますます似ていなくなった。

 

 十五歳の夏休み、アイリスたちは船で都まで行く旅行があった。一週間の旅である。何もかも初体験のこの旅が、アイリスは楽しみで仕方が無かった。

 一日目、アイリスはずっとデッキにいた。アイリスにとっては船も、そして「海」も初めてだった。風に混じって薫る磯の薫りや、日の光で様々に変化する海・・・。全てが初めてで、いくら見ても飽きる事は無かった。そう、日に焼けても気にしないほどに。

 次の日、アイリスは鏡の前で絶句した。最近落ち着いてきた雀斑が、前より酷くなっていたのだ。きっと、昨日ずっとデッキに出ていたのが原因だろう。手足も酷くヒリヒリしていた。アイリスは薬を取りに、貨物室に行く事にした。

 行く途中、ローヤルティーと一緒になる。彼も物を取りに行くようだ。二人は貨物室に着く。暗くて湿っていた。

アイリスとローヤルティーはすぐに自分たちの荷物を見つけた。服などは傷んで無さそうだ。アイリスはその場で薬をつけた。凄く痛いのだ。

その時、上の方が騒がしくなった。女の叫び声、男の怒鳴り声、銃声・・・。二人の頭上をバタバタと駆ける足音もする。

「アイリス、上の様子を見に行くから、静かにここで待っててくれ。」ローヤルティーはそう言うと、アイリスの返事も聞かずに、縄梯子で上に行ってしまった。

アイリスは一人、位の貨物室の中に取り残され、怖かった。上の騒ぎが徐々に収まっていくのを感じた。アイリスは蝋燭を持ち上げ、梯子に近付く。ここに一人でいるより、上に行ったほうがマシだと感じたのだ。アイリスが梯子に足をかけた時、ローヤルが戻ってきた。ローヤルは深刻な表情だ。

「・・・どうしたの?」アイリスは小声で聞く。アイリスの声は掠れていた。

「・・・海賊が襲ってきた。船員達は全員殺されたようだ。上の至る所に血の後がある。たぶん、死体は海に捨てられたんだ。まだ、学校の子は殺されてない。でも、時間の問題だと思う。身代金を要求するんじゃないかな?あとは、人身売買とかに使えるのは、残しておくんだと思う・・・。」

「ローヤル、どうしよう?」アイリスは上にいるはずのアマンダを思いながら聞く。

「まずは、ここから出よう。海賊は金品が欲しいはずだ。ここにはそういうのが、山ほどあるから・・・。その前に、使えそうなものが無いか探そう。皆を助けないと。」ローヤルは真剣な表情で言う。

「そうね。」

二人は黙々と荷物を漁った。遠くの方で男達の笑い声が聞こえる。下品な笑い声だ。たぶん、食料庫にあるラム酒を飲んでいるのだろう。アイリスは顔を顰めた。

「あった!」ローヤルの声でアイリスは現実に引き戻される。

「何?」アイリスはローヤルの方に向かった。

「弓矢だ。」ローヤルはアイリスに見えるように持ち上げながら言う。

「ローヤル、使えるの?」アイリスは少し、首を傾げて言う。

アイリスは弓矢を久し振りに見た。昔、父が持っていたのだ。祖父母の家には弓矢は無い。狩を生業にしていなかったし、していたとしても銃を使っただろう。父は、自給自足をモットーにしていたので、自分で全てを賄うために、弓矢を使って狩を行っていた。もちろん、アイリスは触らせてもらえなかったが。

「いや、使えない。でも、君なら・・・。」ローヤルは考え深げにアイリスを見やる。

「私?無理よ。父は使ってたけど、触る事すら禁じられてたのよ?無理よ。」アイリスは急いで首を横に振る。自分の細い腕では、到底弦は引けないだろう。

「でも、君の名前は・・・。」ローヤルは意味深に言う。

「ちょっと、あなた私の名前の意味がわかるの?『神の言葉』が話せるの?」アイリスは当惑して聞く。

「・・・そうだよ。僕の父は本殿の司祭様の部下でね、僕もそのお方に忠誠を誓っている。だから、『神の言葉』を習ってるんだよ。僕の話を黙って聞いてくれる?」

 アイリスは黙って頷いた。

「君の名前は『虹』を意味する言葉でね、虹はその弧を描く様から、よく弓から放たれた矢を意味するんだよ。だから、君ならきっとできる。」ローヤルは力強く言う。なんだか、アイリスは少しだけ勇気が湧いてきた。

「いい?もし、上手くいかなくても、私を恨まないでよ。」

「もちろん。」ローヤルはニッコリと笑って言った。その笑顔は、アイリスの緊張を確実に解いていった。

 

二人は、縄梯子を上り、貨物室から脱出した。二人は使われていない空き部屋で、夜まで待つことにした。

船が静かになると、二人はゆっくりと部屋から出る。デッキに着くと、そこは血の海だった。月明かりに照らされ、不吉な赤が浮かび上がる。

二人は見張りを避けながら、開けた場所に出た。すると、急にローヤルが大声を出す。

「馬鹿な海賊共よ、出て来いや!!」

「ローヤル、あなた死にたいの?」驚いたアイリスは、急いでローヤルを止めにかかる。

 「アイリス、君は神の子だ。安心して。君は凄い力を持っている。」ローヤルは真剣な表情で、訳のわからない事を言い始めた。

 「ローヤル、大丈夫?あなた、何言ってるの?」

 足音が近付いてくるのがわかった。

 「アイリス、これは?」ローヤルはアイリスの首に下がっているメダルに触れた。いつも、服の中に入れていたのだが、この騒ぎの間に外に出たらしい。

 「母の形見よ。」アイリスはメダルを服の中に仕舞おうとしながら答える。その動作をローヤルが止めた。

 「これは神のメダルだ・・・。君に神の御加護がありますように・・・。」ローヤルは厳かに言うと、そっとメダルから手を離す。

 アイリスは、新たな力が湧いてくるのを感じた。気が付いたら、アイリスは樽の上に立っていた。

 ちょうどその時、荒々しい海賊達がやってきた。

 「おい、お前ら。どこから来た。」親玉らしい男が聞く。

 「どこでもいいだろう。」ローヤルは落ち着き払って答える。

 「おい、女。何をしている?」男はアイリスに向かって言った。すると、辺りは真っ暗なのに、急にアイリスの周りから光が溢れ出した。

 「私の名はアイリス。覚悟せよ、悪党共!我が主は許さない。罪無き人々を殺したお前らは、罪を償わなくてはならない。我が主の罰を受けるがいい!」

 アイリスは一本の矢を空に向かって放った。男どもはアイリスが的外れな場所に矢を射たので、ゲラゲラと笑い始める。が、その時、頭上から金の粉が降ってくる。アイリスの放った矢から、金粉が落ちているようだ。それはまるで流れ星のように、金の尾を引いて空へと消えていった。金粉を浴びた海賊達は身動きが取れなくなり、敢え無くローヤルに捕まってしまった。

 「アイリス、凄いよ!」ローヤルが笑顔でアイリスに近付く。アイリスは曖昧に笑いながら、樽から降りる。

 「私もビックリ―。」アイリスはそこで気を失った。どうやら、矢を放った時、アイリスは莫大なエネルギーを放出したらしかった。

 アイリスは船が都アーインに着くまでの二日間、全く目を覚まさなかった。


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Photo by Four seasons

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