第四章

 

 

 

アイリスが席に戻った後は、会食は何事もなく進んだ。アイリスはローヤルの事が気になったが、黙っていた。
晩餐も終わりに近付き、国王は王妃を伴って席を離れようとした。その時、陛下は当たり前のように言った。
「ローヤルティーとミス・ノウドゥリーはもちろん城に泊まるのであろう?部屋は用意させている。ゆっくりと休めるがよい。」
アイリスは驚いてローヤルを見た。ローヤルも聞いていなかったようだ。首を小さく横に振った。司祭もこれには驚いたようだ。慌てて口を開く。
「陛下。今日、いきなり城へ泊まらせるのは如何なものかと・・・。ローヤルティーはともかく、アイリスは今日初めて宮廷に来たのです。アイリスが窮屈な思いをするだけのものかと・・・。」
「司祭、余に指示するのか?そなたは余の師であるし、尊敬もしておる。しかし、最近のそなたは小言が過ぎるぞ。余は国王じゃ。余はこの若い二人が気に入ったのじゃ。手元に置いておきたいのじゃ。そなたの入れ知恵が入る前にな。それに余の城で窮屈な思いなぞする訳がなかろう!」国王は眉を険しくして言い放つ。アイリスは、国王の横で王妃が小さく溜め息を吐いたような気がした。
「ねえ、アイリス。城にお泊まりなさい。明日になったら、わたくしが城を案内するわ。」コアケッド王女は目を輝かしながら言った。
「でも・・・。」
アイリスが消え入るような声で言った時、ずっと黙っていたローヤルが口を開いた。
「わかりました、陛下。私達二人は、陛下のご厚意に甘えて城に泊まります。」アイリスはローヤルの答えに驚いて、ローヤルを見たがローヤルは司祭に耳打ちしていた。
「うむ。よい決断じゃ。」国王は満足げに頷いた。

アイリスはコアケッド直々の案内で部屋まで連れて行かれた。そこは神殿とは打って変わって豪勢であった。
「さあ、アイリス。ここがあなたの部屋よ。これからは、あなたの世話はわたくしの侍女の一人、メアリがするわ。私はあちらの向かい側にいるの。明日になったら、わたくしの部屋に遊びに来て頂戴ね。待ってるわ。」コアケッド王女は窓の外を指差して言った。広大な庭を挟んだ向こう側に建物の光が輝いている。この王宮は、ほぼ口型の形をしているのだ。
「あのー、コアケッド様・・・。」
「コアケッドでいいって言ってるでしょ?」王女は困ったわねと笑いながら言う。
「あの、ローヤルはどこです?」
「彼は下の階よ。彼の事も聞かせてね?あのローヤルが庶民と混じるなんて考えられないわ。じゃあ、おやすみ。」コアケッド王女はクスクスと笑いながら言うと、部屋を出て行った。
アイリスはメアリと二人きりになった。
「さあ、アイリス様。寝る支度をいたしましょう。」そう言うと、メアリは慣れた動作でアイリスの衣服を脱がそうとする。
「ちょっと!メアリさん!!私、一人でも寝巻きぐらい着替えられるわ!」アイリスはギョッとして大声を上げる。
「・・・アイリス様、もう夜遅い時間で御座います。お静かにお願い致します。」メアリは少し眉を上げて言う。
アイリスは恥かしそうに顔を赤らめて黙り込んだ。その隙に、メアリはぱっぱとアイリスの衣を脱がし、アイリスの晴れ着よりも数段豪華な寝巻きに着替えさせた。
メアリはアイリスを着替えさせると、一礼だけして部屋から去って行った。

アイリスは一人になると、ベッドに腰掛けて、ゆっくりと考え始めた。判らない事だらけだ。
―ローヤルに聞かないと・・・。―
アイリスは少し迷ったが、意を決して立ち上がった。強い足取りで窓辺に向かうと、窓を開け放ちベランダに出た。ベランダの下に広がる広大な庭は、夜なのに輝いていた。信じられない光景が広がっている。アイリスがベランダから下を覘くと、真下の階にもベランダがちゃんとあった。アイリスは距離を目測すると、身も軽々、あっという間に下へ降りた。
ローヤルの部屋はまだ明るかった。アイリスは深呼吸すると、ベランダの窓を叩いた。数秒後、不思議そうな顔をしたローヤルが現れた。
ローヤルはアイリスがいるとわかると、大きく目を見開き、小声で言い始めた。
「アイリス!ダメじゃないか!!早く部屋に戻らないと・・・。」
「ローヤル、どういう事なの?どうして、陛下も王女様もあなたの事知ってるの?私、頭がおかしくなりそうよ!!一から説明して頂戴!!」
アイリスはローヤルを遮り、彼の肩を揺らしながら言う。
ローヤルはアイリスの真剣な顔を見つめて、小さく息を吐いた。
「わかった。話すよ。さぁ、早く中に入って。誰かに見られたら大変だ。」
ローヤルはアイリスを促す。アイリスはそっと、部屋に入った。

「さあ、ローヤル!さっさと説明して頂戴。」
アイリスは部屋に入ると、すぐにローヤルに向き合い、ニコリと笑って言った。
「・・・僕は貴族の息子なんだ。」ローヤルは観念したように、小さな声で言った。
「・・・貴族・・・?」アイリスは予想していなかった答えに驚き、目を見開く。
「そう。父は国王の友人でね、陛下とも、王女とも、父と一緒に何度かお会いした事があるんだ。」ローヤルはアイリスの目を見て言う。
「・・・どうして、あなたがあんな村に・・・?あなた、私をからかってるの?」アイリスの目が揺れる。ローヤルがただの村の住人だと思ってたから、今まで親しくしていたのだ。アイリスは、今までの自分の言動が恥かしくなってきた。
「司祭様に頼まれたんだ。一般人の暮らしがちゃんとなっているか調べてきなさいって。それで、陛下には妻の具合がよろしくないから、都から離れて療養したいって言って、君の村に移ったんだ。」
「そうなの・・・。」アイリスは悲しかった。
―私とこの人は、まるで違う世界の住人なのね・・・。―
「・・・ねえ、アイリス・・・。僕はもう一つ、君に言わなくちゃいけないことがあるんだ・・・。」ローヤルはアイリスから目を離して言う。
アイリスは物思いから覚めて、怪訝そうにローヤルを見た。
「君の・・・父上の事なんだ・・・。君の・・・父上の事を、陛下は御存知かもしれない・・・。」
「・・・どういうこと?」
「君の父上は、都から追放された。そうだよね?」
ローヤルの言葉にアイリスは嫌そうに顔を顰める。
「ごめん。言葉が悪かった・・・。君の父上は・・・たぶん父の親友だった人だと思う・・・。名前を・・・教えてくれるかい?」ローヤルは優しくアイリスに言う。
「・・・ジェイコブよ・・・。」
「ジェイコブ・・・。ジェイコブ・ノウドゥリーか・・・。やっぱり・・・君の父上は、都を追放された大貴族ノウドゥリー卿に違いない。」
「お父さんが、貴族・・・?」アイリスはキョトンと言う。
絶対に有り得ないと思う。アイリスの知っている父親は、痩せて、赤っぽい茶色の縮り毛の無精髭を生やした森番なのだから。日中は斧を持って、山を歩き回り、夜は暖炉の脇で丸い眼鏡をかけて神の書を読む、父親が貴族なんて信じられなかった。
「ローヤル。冗談は言わないで。」アイリスはキッとローヤルを睨む。
「冗談なんかじゃないさ。本当だよ。父上が司祭様から任務を頼まれた時、あの村にしたのは、ノウドゥリー卿が身を寄せた場所だと知っていたからだ。残念ながら、ノウドゥリー卿はその地にはいず、その上お亡くなりになってしまっていたが・・・。だから、少し気をつけて。陛下は君に何を求めるかわからないから・・・。君は、神のメダルを持ってるわけだし・・・。」
「父が都を追放された身だって知られたらマズイ・・・?」
「・・・たぶん、大丈夫。今、君の父上を都から締め出した人たちの多くが追放されてるから。ただ問題は、陛下が即位した頃に比べ、信仰に重きを置かなくなったことだよ。君をただのアイドルにしたいのかもしれない・・・。ま、おいおい話すよ。今日はもう遅い。もう寝た方がいいよ。」
「ローヤル・・・。どうして父が追放されたか、あなた知ってるの?」
アイリスは真剣な眼差しで聞く。
「・・・ああ。それも、いつか話さなくちゃね。君は真実を知る必要がある・・・。でも、今日は聞かないでくれ。一つだけ・・・君の父上は己の意思を貫いた真っ直ぐな人だよ。僕は、君の父上を尊敬している。僕もああなりたいよ。」
「よくわかんないけど、あなたにそこまで言って貰えるなんて、お父さんも喜んでると思うわ。ありがとう、ローヤル。」アイリスはニコリと笑むと、ローヤルの頬に触れるだけのキスをした。
「あなたがいてくれて嬉しいわ。」
アイリスはそれだけ言うと、ベランダからいとも簡単に上へ登っていった。

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Photo by Four seasons

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