第六章

 

 

 

―ああー!!馬鹿!馬鹿!私っ!!ローヤルと一緒にいたくないって思ってたのに・・・自分から二人っきりになる道を選ぶなんて・・・!!こうなるなら、コアケッド王女の所に残れば良かった・・・。―

アイリスは豪快に溜息を吐く。

アイリスとローヤルティーは王宮に数ある客間の一室で、ローヤルティーの母親がやって来るのを待っていた。

二人の間に、気まずい沈黙が出来る。

ローヤルは何度かアイリスを見たが、アイリスは一度もローヤルと目を合わそうとはしなかった。

「ねえ、アイリス・・・。」

ローヤルが困ったようにアイリスに声をかけたその時、ゆっくりと扉が開く。

そして、何度か見かけた事のある、ローヤルの母親が優雅に入ってきた。同じ瞳、同じ髪、同じ笑顔だが、都風のドレスに身を包んだローヤルの母親が、林檎畑でよく見かけた女性と同一人物とは俄かに信じられなかった。高貴な雰囲気が今の彼女の周りには漂っている。

「こんにちは、アイリス。いいのよ、座ったままで。」ローヤルの母親は柔和な笑みを浮かべると、立とうとしたアイリスに声をかける。

「宮殿はどう?」

椅子に座り、茶を入れると彼女はアイリスに声をかける。

「あの、その・・・とても素敵です。」

アイリスはとても緊張してまともに答える事が出来なかった。

「ふふ。大変だったでしょう。ローヤルティーはちゃんと貴女を助けたのかしら?影で笑ってたんじゃないでしょうね?」

「ロッ、ローヤルは私に色々教えてくれましたわ、チャイドナリー夫人。」

アイリスはお茶を無理矢理飲み込むと、一気に言う。

「そう。それならいいわ。ローヤルティー、陛下に失礼な真似はしませんでしたよね?」

「大丈夫です、母上。母上、僕はもう、村には戻れないんですか?」ローヤルは礼儀正しく母親と話をする。こんな姿、村では一度も見た事が無かった。

―てんぱってるのは、私だけ・・・。―

アイリスはカップの中の紅茶を見つめて、小さく溜息を吐く。

「ええ。あなたがいるべき世界はこちらなのですよ。」

チャイドナリー夫人は少し厳しい声色で言う。

「母上、アイリスはどうなりますか?」

ローヤルは母親の態度を気にも留めず、次の質問をする。

母親はローヤルを凝視した。アイリスも、カップから目を離し、ローヤルを見る。

夫人はローヤルから目を離すと、チラリとアイリスの顔を見る。アイリスの目は、真ん丸と見開かれていた。

「・・・陛下のお話振りから考えますと・・・恐らく村には戻れないでしょう。」

アイリスは、チャイドナリー夫人の言葉にショックを受けた。

―村に・・・戻れない・・・!?おばあちゃんとおじいちゃんにどうやって会えばいいの!?―

アイリスの真っ青な表情を見て、夫人は気遣わしげに声をかける。

「アイリス、貴女大丈夫?」

「あの・・・祖父母には・・・。」

アイリスは小さな声で恐る恐る聞く。

「ああ、アイリス。心配しないで。フウローリー夫妻はわたくしの家にいらっしゃるわ。」

ニッコリと優しく微笑んでチャイドナリー夫人は告げる。

アイリスの表情が晴れ渡る。

「まあ、ありがとうございます!」

アイリスは思わず立ち上がって言った。

アイリスとローヤルは灰色のマントを纏うと、チャイドナリー夫人が乗ってきた馬車に乗り込んだ。

馬車で揺られて三十分。チャイドナリー家の屋敷は、都心の外れ、神殿のすぐそばにあった。非常に大きい、美しい家だったが、なぜか家の脇に林檎の木が植えてあるのが、アイリスにとって、嬉しかった。

アイリスが馬車から降りた瞬間、祖父母が駆け寄ってくるのが見えた。祖母はアイリスに抱きつく。

「アイリス!心配したのよ。怪我は無い?大丈夫?」

「大丈夫よ、おばあちゃん。」アイリスは優しく祖母の背に手を回しながら答える。

フウローリー婦人は泣き出した。

「あんたのことが、心配で、心配で・・・。」

「まあ、おばあちゃん。泣く事なんか無いわ。私はピンピンしてるもの。それにね、私、神学校に行くことになったのよ。」言った瞬間、アイリスはしまったと思った。

祖母の顔が強張り、アイリスを抱きしめていた手が離れていく。祖母はまだ、アイリスの父親の事を許していないのだ。祖母はその事について、何も触れず、自分たちも当分ここに住む事になったとだけ告げると、チャイドナリー夫人に頭を下げ、去って行った。

「・・・アイリス、着いておいで。部屋に案内するよ。」

ローヤルは呆然と祖父母の背を眺めているアイリスに声をかける。

「あっ、ありがとう、ローヤル。」アイリスは我に返ると、何とか笑顔を作り答えた。

 

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Photo by Four seasons

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