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4.イリンの森 その三

 

 

ウィンは二時間ほど森を分け入ると、泉が近くにあるとても良さそうな場所を見つけた。そこで、荷物を降ろし、ウィンは持ってきたテントを慣れない手つきで建て始める。テントが出来上がった時には、もう日が暮れかけていた。

    

翌朝から、ウィンの修行は本格的に始まった。
朝冷えの激しい森の中、ウィンの一日は森の泉で禊をしてから始まる。禊を終えれば、簡単な食事をし、その後は日が暮れて手元が見えなくなるまで、延々と森に鬱蒼と生えている蔦を大量に取ってきて、編み物をした。全て、『アレストロの書』の言い付けだ。
書が、ウィンに「もう良い」と言うまで、ウィンは毎日蔦を編み続けなければならないのだ。
森での生活は、とても孤独なものだった。『アレストロの書』は、試練をウィンに与えるだけで、ウィンの孤独を癒してくれる事は決してなかった。
あまりに人恋しくなったウィンは、テントから出て、苔の生えた石の上に腰掛けて、編み物をするようになった。
すると、小動物が、頻繁にウィンに近付いてきた。ウィンは孤独を癒そうと、近付いてくる小動物に話しかけた。多くの動物はウィンが話しかけた途端、脱兎の如く逃げていったが、少数の動物はまるでウィンの話がわかるかのように、神妙な顔つきで耳を傾けていた。ウィンは、そんな彼らに、母から聞いた昔話を語りかけながら、編み物をした。
編み物を始めた当初は目が粗く、デコボコとしていたが、三日もするとかなり上手に編めるようになった。編み棒など持って来ていなかったウィンは、指で編んでいたので、一週間もすれば、ウィンの指先は緑色に染まった。それと比例して、編んだ蔦も膨大な量になり、狭いテントにはしまいきれない程になったが、『アレストロの書』は毎朝、編み続けろとしか言ってこなかった。ウィンは、こんな修行に何の意味があるのかと疑問に思いながら、黙々と編み続けるしかなかった。

     

一週間もすれば、ウィンは持ってきていた食糧をあらかた食べ尽くしてしまったが、ウィンはウィンネと同じくらいお転婆な王女だったし、森は実りの秋の恩恵を受けていたので、苦もなく食糧を得られた。
そしてなぜか、テントの中には入らない程の量になってしまった蔦の編み物の上に、毎朝木の実やら川魚がテントの前に置いてあったのだ。そんな事が、一週間続いたので、ウィンは寝ずの番で誰が食糧を置いているのか確かめようと決心した。
日が明けると共に、微かな物音がした。ウィンがサッとテントから出ると、魚が足元に落ちてくる。
顔を上げると、よくウィンに近付いてくる立派な角を持った輝かしい牡鹿と、見たことのない、非常に大きな熊がいた。
ウィンが呆然と見つめていると、二匹の美しい動物は、頭を下げた(ように見えた)。そして、驚くべきことに、牡鹿が言葉を発したのだ。
「おはようございます、王女様。本日の食糧です。」
ウィンは目を見開いた。
「あっ・・・あなた、喋れるの?」
「はい。私は何度も王女様に話しかけていたのです。やっと、私の声があなた様に届きましたね。合格です。」
「合格・・・?」ウィンは怪訝な顔をして、聞く。
「はい。試練に合格したという事です。」牡鹿は小さく頷いて、言う。
「でも、私、何もしてないわ!昨日もあなたに話しかけたけど、あなたの声は聞こえなかったわ。」納得がいかなく、首を振りながらウィンは言う。
「朝は夢と現の境界が曖昧だからでしょう。早く、王女様が我々と会おうとして下さるよう願っていました。」
牡鹿はゆっくりと頭を下げて言った。
「王女様、『アレストロの書』をお読み下さい。きっと、次の道が示されているでしょう。」大きな熊は、優しい声音で言う。
ウィンは少し迷ったが、テントに戻り、『アレストロの書』を引っ張り出して、開いてみた。書かれている言葉は、今までのとは違っていた。

     

       
『神の杖』を得ろ。

     

         
ウィンは『アレストロの書』に書かれている言葉の意味がわからず、眉を顰めながらテントを出る。

         

「『神の杖』を得ろと書かれていたわ。どういう意味かしら?」
「『神の杖』・・・ですか。その前にまず、王女様にお伝えしなくてはならない事があります。王女様が会話できる動物は、極僅かだという事です。」
「えっ、そうなの?私、テッキリ全ての動物と話せるんだと・・・。」
「いいえ、それは違います。王女様は我々に話しかけて下さいましたが、殆どの動物が逃げて行ったでしょう。逃げていった動物は、王女様の言葉を理解できない者です。しかし、神がこの王国をお創りになった時、一緒に創った生き物の直系は、アレストロの力の持ち主と、会話をする事が出来るのです。なぜなら、アレストロの力の持ち主は、神の子であるからです。私の祖先は、アン王女がこの森にお隠れになった時、側に付き従っていました。祖父から聞いた話では、アン王女は、古びた杖を持っていたそうです。しかし、アン王女の息子がこの森から去る時、王子は杖を持っていなかったといいます。『神の杖』はこの森の中で、今も眠っているのかもしれません。」
「・・・アン王女が持っていた杖・・・。その杖を探せばいいのね。」
ウィンはもう一度、たった1行、素っ気無く書かれた文字を見つめると、外套を手に取り立ち上がった。

   

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