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.アレストロ島       その一

 

 

夏休みも残り僅かになった。サマー・キャンプを終えたウィンたちは、ウィニーレイン国の都、アレストロ島に来ていた。大叔母様によると、三年に一度行われる、ザンシー族の予言が執り行われるらしかった。
ウィンは密かに期待していた。ハンと共に、ザンシー族の許に向かったエリックに会えるのではないかと。なぜか、ウィンは無性にエリックに会いたかった。

ウィンとフィージー、フィンは、オリーブの冠を頂き、ハイウエストの古代のドレスを身に纏った。鏡に映ったウィンは、いつも以上に足が長く細身に見える。あまり膨らんでいない、襞の沢山ついたドレスのお陰だ。
三人が謁見の間に向かうと、既に大叔母様が玉座に座っている。エシア女王は、三人の孫娘に気がつくと、声をかける。
「座りなさい。これからザンシー族が来ます。ザンシー族が王国の繁栄を祈って舞を奉納します。その後、ザンシー族の予言を聞きます。よろしいですね。」
三人は顔を引き締めて頷くと、エシア女王の脇にある椅子に座った。

「ザンシー族の御着き!」

ウィンが待ちに待った言葉が響く。ウィンが身を乗り出さんばかりに真正面にある大きな扉を見つめると、ゆくっりと戸が開き、二人の人間が部屋に入る。黒髪の女性と、金髪の少年が部屋に入る。ハンとエリックだ。ハンは真紅のドレスを着ていた。二人はゆっくりと近付く。ウィンはエリックの顔が見たかったが、エリックはハンの後ろを歩いていたので、それは叶わなかった。
「麗しゅう御座います。エシア女王陛下。ウィンアウト王女様、フィンニア王女様、フィージー王女様。」ハンとエリックは優雅にお辞儀をする。「アレストロ大国の繁栄を願って、わたくしが舞を奉納させて頂きます。」ハンはふんわりと笑むと、エリックは脇により、懐から横笛を取り出す。ハンは両手に鈴を持っていた。
エリックの横笛に乗り、ハンは可憐に舞を踊る。それはとても神秘的で荒々しい踊りだった。一本に結わえられたハンの黒髪が優雅に弧を描く。ハンの露になっている肩が、ターンを描く時に顕れる白い足が、くねらせる腰が艶かしく色っぽい。それでいて、ハンの顔は哀愁を帯びていて、ハンが鳴らす鈴の音は悲しい音色を帯びている。これが、ザンシー族の舞だ。ザンシー族は舞いながら、神の声を聞くのだ。ハンは国一番の予言者。彼女は神からどのような言葉を頂いているのだろうか。ウィンはハンの表情が気になった。
唐突に舞は終わった。ハンは荒い息をしている。それはエリックも同じだ。ウィンは大きく息を吐いた。いつの間にか、ウィンは呼吸する事を忘れていたらしい。それくらい、ハンの舞は人々の目を奪うものだった。
「それでは、予言を聞きましょう。場所を移します。ついて来なさい。」大叔母様は五人を謁見の間の隣にある、小さな小部屋に促した。

「・・・では、ザンシー族の娘よ、お話なさい。」エシア女王は厳かに聞く。
「はい・・・。神は、次世代を担う王女様方と、我が愚息エリックの未来を私に見えました。」ハンは心持ち疲れた顔色で言う。神の声を聞くのは、ハンにとってかなり負担になっているようだ。
「それで・・・。」エシア女王は眉を少し寄せて言う。
「・・・明るくもあり・・・暗くもあるようです・・・。笑っていれば・・・泣いてもいました。」ハンは歯切れの悪い口調で言う。
「・・・それを、あなたはどのように解釈しましたか?」エシア女王の眉間は確実に険しくなっている。
「わたくしは・・・王女様方が、ヴァンニア魔女と戦う事になると・・・理解しました・・・。」ハンは暗い瞳で言う。
ウィンは一ヶ月前に聞き知った名前に、目を大きく開いた。
―ヴァンニア魔女・・・!?―
アレストロの書が教えてくれた。アン王女が戦った魔女の名前。ウィンは不安に襲われる。
「ハン・・・その理由はやはり・・・。」大叔母様は低い声で聞く。
ハンは無言で頷いた。
「恐れていた事が現実になりそうですね・・・。」エシア女王は深く溜め息を吐いた。
脇で二人の遣り取りを聞いていたウィンは意味がわからなかった。それは、フィンもフィージーも、エリックも同じようだ。
「―ハン、あなたは正式にエリックの母親となれたのですか。」
エシア女王は、急に話の内容を変えた。しかし、顔は深刻のままだ。エリックは急に名前を呼ばれたので、少し驚いているようだ。そしてすぐに不快な表情を浮かべる。きっと、エシア女王の直線的な質問が気に入らないのだ。実際、エリックの母親の名前は未届けになったままらしい。
「いえ、まだです。ベーカー公に了承を得なければいけませんので・・・。」
「では、早急に実の母であると届け出なさい。事は急を要するのです。エリックの中に確実にザンシー族の血が流れていると法律で立証されなければ、いくら長老の娘でもザンシー族の秘伝を息子に伝える事は出来ないでしょうから。」
「ええ・・・わかっています。」ハンはエシア女王の厳しい視線から目を逸らすように答えた。
「ウィンアウトと一緒に行くとよいでしょう。この子は、今晩、ベーカー公爵家に招待されているのです。あなたは、ウィンアウトの同伴者として行けばいいでしょう。招待状には、同伴者も許可しています。そうでしたね、ウィンアウト。」
「はい、大叔母様。」
「わかりました。」エシア女王の目を見て、ハンは答える。その目には、決意の色があった。
―私の大切な一人息子、エリックを守るため・・・。―
ハンは脳裏に浮かんだ意地の悪い夫人を頭から追い出す。
―あんな女に、邪魔されるわけにはいかないわ・・・。―

日が暮れると、イリン式の真紅のドレスに着替えたウィンは、ハンを付き従えエリックと共に、ベーカー公爵家へと向かったのだった。

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