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3.生贄 その一

 



倒れたベーカー公爵を抱えて、青い顔をして城に帰ってきたウィン達を見て、エシア女王は驚いた。
「ハン!これはどういう事ですか?」
エシア女王は小走りになってハンに近寄る。
「・・・エシア様・・・。あの女がジョンを・・・。」
ハンは手で顔を押さえて言う。涙が溢れてきた。
「ベーカー公爵をどうしたのです?ハン、落ち着きなさい!あなたが落ち着かなくては、わたくしは状況がわかりません。」
エシア女王は、ハンの背を優しく擦りながら言う。
「はい・・・。あの女は・・・ゴブリンの頭領だったのです。ジョンに呪いをかけて、二人の子どもと共に姿を消しました。」
ハンは掠れる声で言う。
「な・・・なんと・・・。」
エシア女王は一瞬呆然とするが、すぐに我に返る。
「わかりました。ハン、ベーカー公爵の呪いを解く為に、早急にザンシー族を幾人か呼びなさい。それからウィン、あなたは『アレストロの書』を持ってきなさい。重要な話があります。」
エシアはテキパキと指示を与えると、深い赤のローブを翻して去って行った。


三十分後、ウィン、エリック、ハン、エシアの四人は『アレストロの書』に書かれているものを読んで、呆然とした。
『アレストロの書』にはこう書いてあった。

 13月について。
 四年に一度、閏年の年だけ、一年は13ヶ月ある。13月は、25日までだ。
 その日は、ヴァンニア魔女の月で、13月1日に、ヴァンニア魔女の生贄達は、故郷を去り、アスタロト島に旅立つ。
 来年が閏年である。ヴァンニア魔女への生贄に選ばれた者をここに記す。

この後には、四国それぞれ六人の生贄の名前が記されていた。若者一人に美女五人。その中には、ウィンとエリックはもちろん、ウィンの兄姉、そしてフィンとフィージーとその婚約者の名前も含まれていた。

「これは・・・何・・・?」
ウィンは小さな声で聞く。
「・・・ヴァンニア魔女への生贄・・・。生贄に選ばれたのは、やはり、ザンシー族と王族ばかりですね。」
「ヴァンニア魔女は・・・アン王女に倒されたのではないのですか?生贄などは、当の昔に終わった、昔話ではないのですか?」
ウィンは目を大きく開いて聞く。
「・・・いいえ、違います。『アレストロの書』をもう一度お読み下さい、ウィンアウト王女様。きっと、書はこういうでしょう。アン王女は魔女を眠りにつかせただけ・・・。ヴァンニア魔女は百年後に目覚め、アレストロ大国に4年に一度、生贄を請求した。我々は百年前の暗黒時代を恐れ、それに従い、閏年になると、男女五人ずつ、それぞれの国から生贄を出していると。ここに記されている若者は、それぞれの国の隊長です。隊長は、自国の美女を守るべく、強い若者を自分のほかにあと四人、選ばなくてはなりません。そして、アスタロト島に着いたら、ヴァンニア魔女に捧げられる美女を取り戻すべく、四国の若者同士が一斉に戦い始めます。勝った者は、自国の美女を連れて、国に戻れますが、負けた者はヴァンニア魔女に喰われます。魔女は若い娘を吸い尽くし、自分の美貌を保っていると云われています。」
ハンは暗い瞳で言う。
「なんて・・・酷い・・・。ハン・・・あなたは行った事があるの・・・?」
ウィンは恐る恐る聞く。
「ええ、あります。あの日は・・・まるで地獄を見ているようでした・・・。」そっとハンは目を閉じて言う。
「国民を巻き込ませないために、生贄はなるべくザンシー族と王族から選ばれます。これは、我々の責務なのです。」ハンは目を開き、真っ直ぐにウィンを見つめて言う。
「責務・・・。」
「はい。責務です。あなたのお母上も、お父上も行きました。あの年は、最悪の年だったと聞きます。今、王家の中であの惨劇を体験したのは、ウィンアウト様のご両親だけです。」
「お父様とお母様も生贄に・・・?」
ウィンは体をブルッと震わせて、恐る恐る聞く。
「・・・ええ、そうです。いつか・・・聞いて見ると良いでしょう・・・。」
エシア女王は溜め息を吐き、眉間に皺を刻んで言う。「その話はお止め。わたくしは聞きたくない。あの娘もわたくしとの約束を覚えているのなら、決して話すまいよ。」
「おっ・・・大叔母様?」ウィンは急に冷たい口調で言い放つ女王に戸惑いを感じる。
「・・・ウィンアウト。そなたがこの王国を継ぐと決まったのだから、よく覚えていなさい。そなたの母親は、このウィニーレイン国において一番嫌われている王族だ。そなたの父親と共に・・・な。まったく・・・そなたが最初からウィーレイン国として選ばれているのは、不幸中の幸いと言えようよ。また、同じような過ちを犯されたら、わたくしはもう、生きてはいけません・・・。」エシア女王はウィンの瞳をまっすぐ見つめて言う。どうも、冗談では無さそうだ。
「エシア様!」ハンは鋭い声を上げる。
「・・・ハン。わたくしは、これから選ばれた娘と若者への召集令状を用意します。後は任せましたよ。」それだけ言うと、エシア女王は深い紫のローブを翻して退出した。

「ハン・・・。大叔母様が仰った事は本当なの・・・?」ウィンは震える声で言う。いつも厳しいが、優しい、親しみのこもった瞳で自分を見る祖母しか知らなかったウィンは、あまりにも恐ろしくて泣きたかった。
「・・・エシア様が、イリン国王妃の話をしたくない理由は、察しがつきます。王妃様は、本当はウィニーレイン国を継ぐはずでした。しかし、アスタロト島からお帰りになった途端、イリン国へ嫁ぐと宣言したそうです。その時、エシア様は下の二人の娘を嫁がせてしまっていました。なので、跡継ぎは王妃様しかいなかった。しかし、エシア様には彼女を止めることは出来なかったのです。なぜなら、王妃様が無事にご帰還できたのは、イリン国国王陛下のお陰だからです。お二人は、あの過酷な島で恋に落ちたそうです。そして、お二人だけでご帰還なされました。だから・・・エシア様はお二人をお許しになれないのでしょう。アスタロト島で無残な死を迎えた若者の中には、王妃様の本当の婚約者もおりました。しかし、お二人は・・・死に逝く彼らを無視して、お二人だけでお帰りに・・・。・・・覚えておいて下さい。あの残虐な空間では、親しき人でも人格が変わる事が多々あります。今回は、本当に血縁者同士の戦いになり得ましょう。よく、心に刻んでください。」ハンはじっとウィンを見つめて言う。
「・・・みんなで帰る手立ては無いのかしら・・・。」ウィンは震える声で聞く。その時、エリックがサッとウィンの手を握ってきた。ウィンが驚いてエリックを見ると、エリックは優しく微笑んでいた。急に冷え切っていた心が温まる。
「一つだけ・・・あります。ヴァンニア魔女を倒す事です。運良く、あなたにはアレストロの力がおありです。アン王女に出来たのですから、きっとあなたにも出来るはずです。この・・・『アレストロの書』があなたを導くでしょう。・・・やってくれますか?」ハンは真剣な表情で言う。
ウィンは、もう一度エリックの顔を見た。エリックは優しく頷いた。
「私、やります。」
ウィンはハンの瞳をまっすぐ見つめて、ゆっくりと宣言した。

  

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日記にて、ウィンの姉たちを紹介中!

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