第八章

 

 

 

ローヤルに送られて部屋に戻ると、アイリスはベッドにゴロンと寝転がった。
コアケッドに言われた言葉が胸に刺さる。
今まで言われた言葉で、一番傷ついたと思う。コアケッドが一昨日までアイリスに寄せていたのは、誰が何と言おうと絶対に親愛の情だとアイリスは確信していた。一昨日まで、二人は本当に親友だったと思う。初日に、隣同士よと嬉しそうに言ったコアケッドの顔を、アイリスは忘れていなかった。あの時と、何が変わってしまったのだろうか。
今日会ったコアケッドは、アイリスに信愛の情なんて一つも示さなかった。その代わり、彼女の中にあったのは、憎しみだ。アイリスが憎いと、コアケッドは心の底から叫んでいた。そして、今にも泣きそうだった。
―私の存在が・・・どうしてコアケッドを苦しめてるの・・・?どうして・・・??―
アイリスは枕に顔を埋めて、泣き暮れた。

       

        
その晩、ローヤルはこっそり寮から抜け出し、大神殿にいるプリーストを訪ねた。
闇夜に溶けるマントを着て、急に訪ねたローヤルを見て、プリーストは眉を顰める。
「ローヤルティー・・・。何か起こったのか?」
「はい、司祭様・・・。実は・・・王女の様子がおかしいのです。それに、最近ではアレン・カルベルトがアイリスの周りに出没していましたし・・・。カルベルトと言えば、『エレス』の信者で、ヘスの部下だったという噂があった家ですし・・・。もしやとは思いますが、殿下は事の事実を聞かされたのかもしれません・・・。」
ローヤルは眉間に皺を寄せて言う。
「・・・コアケッド様は、お心が弱い所があったからな。そこを突かれたとなると、危ないぞ。『エレス』が力を得るには、神のメダルを所持した信者と、王族の支持がいる。もし、コアケッド様が『エレス』に肩入れするとなると、『エレス』が復活する事になる・・・。なんとしても、阻止しなければ・・・。」
プリーストは険しい表情で言うと、ローヤルを真っ直ぐ見る。
「この状況を打開できるのは、神に選ばれたアイリスのみじゃ。ローヤルティー、夜が明けたらアイリスを城へと連れて行き、王妃の口から直接真実を聞かせなさい。そして、王妃とアイリスを連れて、封鎖された『エレス』の神殿に向かうのじゃ。そなたらが来るまで、わしが『エレス』復活の儀式を妨害しよう。」
「しかし、司祭様!司祭様をそんな危険な場所に行かせるなんて、出来ません!!」
ローヤルは思わず声を荒げて言う。
「なに、大丈夫じゃよ。その、アレン・カルベルトという男が、わしの思う人物でなければな。それに、アイリスが全てを切り開く希望の星。彼女を守るのが、ローヤルティー、そなたの使命じゃ。だから、わしはそなたの名をローヤルティー、“忠誠”としたのじゃよ。」
プリーストはニッコリと言うと、ローヤルの頭を優しく撫でた。
ローヤルは覚悟を決めた表情で一礼すると、何も言わずに神殿を去った。

      

空が、薄っすらと明るんでいた。

     

     
六時ジャストに、ローヤルはアイリスの部屋を訪れた。
アイリスは既に着替え終えていたが、顔が真っ青だった。
「ローヤル!アイビーが、いないのよ!!」
いきなり、ローヤルに縋りついてアイリスは言う。
「アマンダが・・・?」
ローヤルは目を大きく開いて聞いた。
「そうなの!確かに昨日の夜はいたのよ?塞いでた私を心配してくれたし・・・。でも、今朝になって姿が見えないの!彼女の部屋ももぬけの殻だし・・・。こんな事、ここに来て初めてだわ!!」
ローヤルはイヤな予感がして、眉を顰める。
「・・・そうか・・・。まずは・・・アイリス、僕について来てくれ。」
そう言うと、ローヤルは乱暴にアイリスの腕を引く。
「ちょっ、ローヤル!アイビーの事は、どうするの!!」
アイリスはつんのめりながら、声を上げる。
「全てを解決するには、まず最初に訪ねなきゃいけない人がいるんだ。」
ローヤルは表情を硬くして言うと、アイリスの腕を引っ張りながら、ズンズンと歩いていった。

      

ローヤルの鹿毛の馬に二人で早駆けし、着いた先は城だった。
ローヤルは城門を通らずに、馬を城の裏側に導き、木が一番茂っている所で、馬を止めた。城壁から少し離れた地べたに這い蹲り、ローヤルは木の葉を乱暴に払いのける。すると、地面に古い木製の戸が現れた。
ローヤルはそれを開ける。戸の先は、階段が続いていた。黴臭い風が、アイリスの頬を撫でた。
ローヤルはアイリスの手を取り、持っていたランプで階段を照らす。
「さあ、行こう。」
ローヤルはそれだけ言うと、階段に足をかけた。

     

二人は終始無言で、黴臭い通路を歩いた。そしてようやく、一枚の扉にたどり着く。ローヤルがソッと開けると、そこは落ち着いた色で統一された、品の良い美しい部屋だった。
朝日が部屋に差し、部屋を温かい光で満たしている。美しく背の高い女性が、アイリスとローヤルの前に立っていた。
それは、王妃の寝室だった。
「王妃・・・様・・・。」
アイリスは乾いた声で呟く。ローヤルが何を考えているか、アイリスには全くわからなかった。
「アイリス・・・。」
王妃は美しい声で、アイリスの名を言う。彼女の閉ざされた瞳から、一筋の涙が零れた。
「あなたを失った戸から、あなたが戻ってくるとは思いませんでした。」
目が見えないはずの王妃は、真っ直ぐにアイリスに近付くと、優しく抱き寄せながら言った。
「王妃様・・・?」
アイリスは、王妃の不可解な言葉に眉を顰める。
「アイリス、あなたはわたくしの娘・・・。泣く泣くノウドゥリー卿に預けた大切な娘です。」
アイリスは目を見開く。コアケッドが、なぜ自分を憎んだのかわかった気がした。

  

   

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Photo by Four seasons

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