第二章




都に着くと、ローヤルはアイリスを抱き、郊外にある神殿に向かった。そこは王国の各地に点在する神殿を統括する大神殿だった。

「司祭様!ローヤルティーです。アイリスを連れて来ました。」ローヤルは神殿の裏口に回ると、大声で言った。

ドタドタと足音がした後、長身痩身、白髪は短く刈られ、髭も綺麗に切りそろえられてる老人が出てきた。

「司祭様・・・。」ローヤルは一礼する。

「ローヤルティー。久し振りだな。彼女は・・・。」司祭はニッコリと微笑むと、ローヤルが抱いているアイリスに目を向ける。

「アイリスです。」ローヤルは抱き直しながら答えた。

「うむ。例の力を使ったのだな。中に入りなさい。奥の部屋に。」司祭は大きく戸を開けて二人を中に招き入れた。

ローヤルがアイリスをベッドの上に横たえさせている間に、司祭は御香を焚いた。御香の香りが部屋に充満してしばらくすると、アイリスが目を覚ました。

「・・・私・・・どうしたの?ここはどこ・・・?」アイリスは気だるげに体を起こして呟く。

「アイリス。君は二日間眠り続けていたんだ。ここは都アーインの本殿だ。」ローヤルはホッとした。自分の選択は間違っていなかったようだ。

「本殿・・・?」アイリスはまだボンヤリとした表情で聞き返す。

「そう。こちらにいらっしゃる方は、ここの司祭、そして王国各地にある神殿を統括していっらしゃる、プリースト様だ。」

「ようこそ、アイリス。」司祭は優しく微笑む。

目の前の老人がかなり位の高い人間だと眠った頭の中で理解すると、アイリスはハッとする。とてもじゃないが、アイリスがベッドの上で挨拶していいような人物ではない。アイリスは急いで立とうとしたが、体がいう事を聞かなかった。ガクンと倒れこむ。ローヤルが慌ててアイリスを支える。

「アイリス。無理しないで。君は疲れているんだ。」ローヤルはアイリスを支えながらベッドに戻す。アイリスは申し訳無さそうに、小さく微笑んだ。

―・・・そう言えば、私・・・。―

アイリスは海賊の事をはっきりと思い出した。自身が何をしたのかも。

「ねえ・・・ローヤル。私・・・一体何をしたの?」アイリスは恐る恐る聞く。自分が何をしてしまったのか、実の所よくわかっていなかった。ただ、疲労感がアイリスの体全体に圧し掛かっている。

「ローヤル、話してあげなさい。わしは薬を作ってくる。」司祭は髭を擦りながら言うと、二人から離れていった。

「・・・アイリス、君のそのメダル、それは『神のメダル』だ。それは王族と神に遣える者のみが持てる、神の使徒を意味する神聖なメダルだ。ここに、見たことのあるマークがあるだろう。君なら気付いていたはずだ。」ローヤルはアイリスの首にかかっているメダルを持って、マークを指す。

「・・・ええ。気が付いてたわ。これは神の書の表紙にある・・・神の目印でしょ。だから、何?これは母の形見のメダルよ。あなたが言うものでは無いわ。」アイリスは小声で言う。

「神の目印は無闇に彫っていいものではない。君も知ってるだろ?このメダルはね、王族が生まれたときは、初代国王が神から頂いた箱が自然に開き、メダルがその赤子の名前が彫られた状態で入っているらしい。そして、神に遣える者は、生まれて一ヶ月以内に赤子のところに何処からともなくメダルが来るらしい。ほら。」ローヤルは襟元からメダルを取り出す。ローヤルのメダルにももちろん、神の目印が彫られていた。

「じゃあ、母があなたが言うメダルの所有者だったのかもしれない。それを私に残したのかも・・・。」アイリスは縋る思いで反論する。

「いや。これは君のメダルだ。ほら、裏に神の言葉で君の名前が彫られている。『アイリス』と、ハッキリとね。」ローヤルはビシッと言う。

アイリスは小さく溜め息を零した。

メダルに彫られているマークが、神の目印だという事は、かなり前から気が付いていた。そんな高貴な印が、矢鱈滅多に彫られないことも、父親から聞いていた。でも、自分のメダルが何を意味するか知りたくなかったから、知るのが怖かったから、アイリスはわざと考えないようにしていたのだ。

「私・・・父の言葉を信じていたかった。これは、母の形見だと言う父の言葉を・・・。これは・・・母の形見ではないのね・・・。」アイリスは悲しそうに微笑みながら言う。

ローヤルは何と言っていいかわからなかった。

その時、司祭が湯気のたつ深皿を持って、部屋に入ってきた。

「アイリス、これを食べなさい。」司祭が白い粥のようなものをアイリスに差し出す。

「・・・アイリス、あんたに一つ、わしから話をしておこう。あんたがなぜ、あのような力を出せたのか。それは、わからない。だが、一つだけわかっているのだよ。それは・・・あんたが神に愛されているということだ。あなたの持つ力を、王族以外のメダル所持者は誰も持っていない。あんたは神に選ばれたんだ。その事を、よく覚えておいてほしい。そして、逃げないでおくれ。」司祭は真剣な目をして言う。アイリスはごくんと唾を飲み込んだ。

「全部食べたら、もう一眠りしなさい。そうすれば、体力も完璧に戻るだろう。」司祭はニッコリと言うと、部屋から去って行った。

アイリスは黙々とスプーンを口に運んだ。

―私が神に選ばれた・・・?逃げないでおくれ・・・?逃げたいわよ。私が信じていたものが、次々と崩れ落ちていくっていうのに・・・。どうして、お父さんは本当の事を話してくれなかったの・・・?何で・・・。―

 

薬を食べ終わり、アイリスが横になろうとしていたら、司祭が再び現れた。司祭の後ろから、ヒラヒラした飾りの衣服を着た恰幅のいい男性がやって来る。どうやら、貴族のようだった。

「こちらがミス・ノウドゥリーだ。アイリス、こちらは、大臣の一人である、グロスターー公爵だ。」

アイリスは司祭の紹介に驚いた。まさか、寝巻き姿で公爵様に会うことになるとは思わなかったからだ。アイリスは立とうした。

「どうぞ、そのままで。ミス・ノウドゥリー、我らの偉大なる国王様は、貴女様の活躍をつてもお喜びになっておいでです。国王陛下は、貴女と、ミスターチャイドナリー、そしてプリースト殿が、今晩の晩餐に出席なさる事を強く望んでいらっしゃいます。是非来てください。両陛下がお待ちかねです。五時に迎えを遣します。では。」事務的口調で公爵は言うと、一礼して出て行った。

「大変な事になったな。さっそく、陛下にお会いする事になるとは・・・。」司祭が低い声で呟いた。

―田舎娘の私が、国王陛下の晩餐に出席する・・・?―

アイリスは、ベッドの上で呆然としていた。



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Photo by Four seasons

 

 

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